「良い人」と「悪い人」を考える冒険 - シエラレオネ・東ティモールで考えたことを、香港の晴れた日に考える。
世界のいろいろな国・地域で、いろいろ
な国・地域の出身の人たちと話をして
いて、「良い人」と「悪い人」の話に
なることがある。
国境を越えての会話というコンテクスト
も作用し、
「良い人」と「悪い人」は世界どこにも
いる、という話になっていく。
だから、「悪い人」には気をつけよう、
という地点に会話が落ちついていく。
この視点は、一面では「正しい」けれど
ぼくはいつも気持ちがさわぐ。
より正確には、
人は誰しも(「例外」はどこでもあるが)
良い人にもなるし、悪い人にもなりうる
と、ぼくは思う。
映画「Star Wars」のダース・ベイダー
は「悪い人」だけれど、暗黒面のフォー
スに屈っする前は「良い人」であった。
また、悪い人でありながら、内奥には
「良い人」を抑えこんでいたりする。
ぼくは、2003年、内戦終結直後の
シエラレオネに、難民(国内避難民)の
緊急支援のため派遣された。
戦争の「傷跡」が、なまなましく、
ひろがっていた。
人の身体の傷はもちろんのこと、
人の心の傷は、心の原型をくずすところ
まで深いものであった。
落ち着きとある程度の秩序を取り戻して
いたシエラレオネだが、
いつ何が起こるかはわからない。
万全の安全対策で、気が張る生活が
つづいた。
そんな環境に身をおきながら、
ぼくは、時々、自分の内奥にひろがる
「暗い湖」を見ていた。
もし、この地で、秩序が壊れ、内戦に
突入したら。
戦いの只中におかれ、戦闘員として
生きのびていかなければならないと
したら。
ぼくは正気ではいられない
だろうという感覚がわきあがる。
「良い人」でいられる自信が「暗い湖」
の底にきえてしまった。
今(当時)は、国連の元で活動する
部隊のもとで、ひとまず「安全な環境・
秩序」が、つくられている。
だから、緊急支援を担う「良い人」で
いられる。
東ティモールにいたとき、
2006年、この「安全な環境・秩序」
が、くずれかかった。
首相は事態を収取できず、他国の軍隊
の出動を要請した。
オーストラリア軍がすぐに出動となり
空港に軍隊が配備されたりと、
秩序の回復が早急になされた。
東ティモールでは、独立以前の、
独立闘争の残酷で過酷な話を、
聞いていた。
そんな話を聞くたびに、ぼくは、
ぼくがその状況に置かれたら、どの
ように振るまうだろう、と考えずには
いられなかった。
このような経験を経て、ぼくは、
人は誰しもが良い人にもなるし、
悪い人にもなることを、実感値として
つみあげてきた。
だから、人として、また社会として
できることは、すくなくとも、
人が「悪い人」にならないような
環境をつくりだしていくことだ。
大川正彦が著書『正義』のなかで、
ジューディス・シュクラーの「恐怖
の自由主義」(<恐怖からの自由>
を軸にすえる自由主義)をとりあげ
ている。
この言葉と議論を、シエラレオネで、
東ティモールで、ぼくは、自問して
いた。
歴史学者ユバル・ノア・ハラリは
人間(サピエンス)が乗り越えて
きた問題・課題のひとつとして、
「戦争」を挙げている。
<恐怖からの自由>を用意する素地
が、社会にはできたのだ。
世界で、今も続いている「恐怖」の
現実の中で、しかし、希望は開かれて
いるはずだ。
ぼくたちは、誰しもが「悪い人」に
なりえてしまうことを身に引き受け、
そこから希望を開いていくという、
人それぞれの「責任」(response -
ability=応答可能性)を、この時代の
「過渡期」で担っている。