香港で、新年(1月1日)を迎える。- 「生ききる」ことへ照準をあわせながら。

香港で、新年(1月1日)を迎える。

昨日までの青空と暖かさ(20度を超える暖かさ)が遠のき、かすみがかり少し冷たい風が肌をさす1月1日となった。

香港でも1月1日は「祝日」となっている。

しかし、2日からは社会はいつも通り動き出す。

1月1日だけが「祝日」で、年末も年始も、いつも通りである。

正月のお祝いは、1月1日ではなく、「旧正月」になされるからだ。

1月1日は旧正月の足音が聞こえはじめるときである。

香港で迎える1月1日が11回目のぼくは、この事情に一方で慣れながらも、他方で「文化の交差点」における不思議な時間・空間感覚を今でもおぼえる。

 

新年1月1日は、それでも「Happy New Year」の言葉が交わされる、お祝いのときだ。

ビクトリア湾では12月31日の深夜に恒例の花火が打ち上がり、多くの人たちが2018年の到来を祝った。

ぼくの住んでいるマンションの入り口では、「Happy New Year!」と、レセプションの方が声をかけてくれる。

ぼくも「Happy New Year」と英語でかえす。

それはぼくにとって、世界で今ここに共に在ることへの感謝の気持ちだ。

 

「現実」に向き直ると、そこには数々の困難と挑戦がぼくをとりかこんでいる。

でも、困難も挑戦もひっくるめて、生きるということの充実さはある。

2018年も、「生ききる」というところに、ぼくは照準をあわせながら、ここ香港で、1月1日を迎えている。

 

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