国際協力の道を志してから、じぶんに言い聞かせてきた言葉。-「今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない」(森崎和江)
大学時代に、途上国への国際協力・国際支援という道を志したときから、支援の現場にいたときも、それから今でも、ぼくの中に存在している言葉がある。
「草の存在が見える人間になりたい。今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない。…」
森崎和江が1980年代半ばに『思想の科学』(第64号)に寄せた文章の一部である。
文章は「教育の原点での自己と他者」と題され、強者や弱者の「存在の矛盾」の問題に向き合うものだ。
この文章は、次のように続く。
「子供も大人も日々自分とたたかわねば、他者が見えなくなることを知っていたい。そのことを体得しあえる関係を教育の現場として、随所に求めたい。」
西アフリカのシエラレオネで難民の人たちや住民の人たち、東ティモールのコーヒー生産者とその家族たちに向き合いながら、ぼくの中で、森崎和江の言葉がこだましていた。
「子供も大人も日々自分とたたかわねば、他者が見えなくなること」。
そして「草の存在」が見えたとしても、「今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない。」
いわゆる「途上国」と呼ばれる国や地域の人たちが、そのまま草の存在であるということではないし、「弱者」であるということではない。
どこでも、人間存在としての強さや深さをもっている人たちはいる。
しかし、ある時代に、ある場所で、ある環境の中で、生きることの「幅」(潜在能力)をひどく狭まれている人たちがいる。
それは、途上国に限られることではないし、世界のどこででも起こりうることだ。
森崎和江が対象として語るように、教育の場にも起こりうることである。
あくまでも相対的に恵まれていたぼくは(例えば、食べることには困らない)、国際協力・国際支援での仕事を志しながら、当時出会った森崎和江の言葉に、深く耳を傾けざるを得なかったのだ。
「草の存在が見える人間になりたい」と。
その言葉に続く、「今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない」が、ぼくの心により頻繁に浮かぶようになったのは、ぼくが実際に「支援の現場」に降り立ち、その現実に直面しているときであった。
例えばシエラレオネでは、紛争による混乱と傷跡に翻弄される人たちと日々直接に接し、訴えを聞き、要望を聞き、あるいは言葉にならないような表情を投げかけられて、「草の存在」が見えてくる。
訪れた難民キャンプや村からの帰路で、あるいは夜をひとりで過ごしながら、時折、あの言葉がやってくる。
今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない…。
支援の現場で、この眼で直接に見えるにもかかわらず、しかしこの眼で直接に見えるからこそ、この言葉の大切さが感じられる。
「日々自分とたたかわねば、他者が見えなくなること」と、ぼくはじぶん自身に向かう。
それでも、いろいろな状況と環境の中で、「他者」が見えなくなったことはあったと思う。
だから、森崎和江の言葉は、今でもぼくの心の中に、時折、現れる。
ここ香港にいて、たくさんの「人」に向き合ってきながら、後半の部分に「重点」が置かれる形で、それはぼくにやってくる。
「日々自分とたたかわねば、他者が見えなくなる」という言葉だ。
生活を営みながら、仕事をしながら、ぼくはじぶんに言い聞かせる。
今思えば、ぼくの生きる過程に沿う仕方で、森崎和江の言葉におけるぼくの「重点」が移行してきたようだ。
初めは「草の存在が見える人間になりたい」ということからはじまり、それから支援の現場で焦点は「今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない」に移る。
その内に、「日々自分とたたかわねば、他者が見えなくなる」という言葉がぼくの生きる道ゆきを照らすようになる。
そうして今、ぼくは、いわゆる「教育」ではないけれど、文章を書き「他者に伝える・共有する」ということをしている。
けれども、そのことは翻って、ぼく自身に向かって語られてもいる。
今日それができたとしても明日もまた可能だとはきまっていない、と。