「乱暴な要約」にも惹かれることがある。- 加藤典洋による「森田療法」の要約。 / by Jun Nakajima

 「乱暴な要約」にも惹かれることがある。学校などでは適切に要約をすることを学んだりする。でもときには「乱暴な要約」があってもいいし、その要約によって「要約」を超えてその対象にふみこんでいきたいと思ったりするものである。

 ぼくはそんな「要約」に出逢った。批評家の加藤典洋(1948-2019)による「森田療法」の要約だ。「乱暴な要約」といっても、考えられていない「乱暴さ」ではなく、要約の対象の「取り出し方」においてラフなだけだ。

 ここでふれられる森田療法(モリタ・セラピー)は、大正期の精神科医森田正馬が創始した精神療法である。専門家でもない加藤典洋自身が「かなり乱暴な要約かもしれない」と述べているが、ぼくはその要約に惹かれて、これまで学びの一歩を踏み出さなかった森田療法を学びたくなった。

 「デタッチメントからコミットメントへ」という、作品と生きかたのあり方・態度の変容を遂げた小説家の村上春樹にふれながら、じぶんの内面を「掘って掘って掘って」いく仕方の同型性の一例として、加藤典洋は「森田療法」を挙げている。

 …この療法では、簡単に言うと、鬱病の病人に頑張れ、しっかりしろ、と督励する代わりに頑張るな、ただただ寝ていなさい、何もするな、と指示をします。それで患者が自分の無力の底まで「落ちて落ちて落ちて」行きなさい、と言うのです。それで患者が自分の無力の底に降りついて、もう身体がむずむずしてじっとしているのはいやだ、何かしたい、というところに達するとはじめて草むしりとか雑巾がけのような単純な仕事を与える。私は専門家ではないのでかなり乱暴な要約かもしれませんが、これはそういう方向のセラピーであって、日本の大正期という精神療法の創成期に生まれた独創的かつ先駆的なメソッドでした。…

加藤典洋『村上春樹の短編を英語で読む 1979~2011 上』(ちくま学芸文庫)

 「落ちて落ちて落ちて」いく。このスタイルが、村上春樹、吉本隆明、丸山真男などと同列にならべられて語られる。ぼくにとってのライフワークとしてのトピック、「じぶんの変容」に密に関わるところでもあって、ぼくはとても惹かれるのだ。内面の底に向かって、「掘って掘って掘って」、「落ちて落ちて落ちて」いく。その方向性に、「じぶんの変容」へと向かう磁力をぼくは感じるのだ。

 「森田療法」の存在自体は、その文字をいろいろなところ(本屋やインターネット)で見てきたから知っていたのだけれど、どんな療法なのかを知っているわけではなかった。

 そんななかにあって、加藤典洋による要約がことばの海に投じられ、ぼくの好奇心に灯りを灯す。本質的な作家や批評家や学者たちは、そのような、確かな「灯り」を、自身とことばのなかにもっているのだ。