野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima

「生くる力をのみ見る也」(野口晴哉)。- あらゆる分野・領域における「治療する者」の心得として。

整体を通じて体を知り尽くしていた野口晴哉(1911-1976)が、「治療する者」の心得のようなものとして、つぎのように書いている。

整体を通じて体を知り尽くしていた野口晴哉(1911-1976)が、「治療する者」の心得のようなものとして、つぎのように書いている。


 治療するの人 相手に不幸を見ず 悲しみを見ず 病を見ず。たゞ健康なる生くる力をのみ見る也。…

野口晴哉『治療の書』(全生社、1966年)


「治療生活三十年の私の信念の書」であると、野口晴哉自身が位置づける『治療の書』。そののちに野口晴哉は「治療」を捨てることになるのだが、それまでの治療生活のなかで「変わらなかったこと」を、売るつもりも、誰に理解されようともせず、ただただ、じぶん自身のために書き綴った文章のなかに、この、「治療する者」の章が書かれている。

ここでの「治療」ということは、整体という領域に限定されるものでなく、おおよそ、この世界で「治療」、つまり問題解決・課題解決にたずさわる人たち(と言えば、ありとあらゆる仕事に就く人たち、日々の問題に向かう人たち)にまでいたる射程をもちえている。少なくとも、ぼくはそのようにこの名著を「読んで」いる。

それは、たとえば、コンサルティングなどの仕事にも通じるところがある。

「相手」、つまり相談にこられる方々の「問題・課題」を、論理的な仕方で理解することに加えて、しかし、それらをのりこえてゆくうえで、不幸や悲しみや病などに焦点をあてるのではなく、ただ、「生くる力をのみ」見る。

どこに<生くる力>が宿り、どのように<生くる力>がひらかれ、どんな仕方で<生くる力>が発揮されてゆくのか。「問題をなくす」というよりも、<生くる力>によって問題の土台さえも解体し、課題をのりこえてゆく<肯定の力>である。

けれども、<生くる力をのみ見る>ことは、実際にはむつかしい。問題に直面するとき、はじめの関心は「不幸をとりのぞく」、「悲しみをとりのぞく」、それから「病をとりのぞく」ことへと焦点が向けられるからである。いわば、「否定の否定」という仕方である。

「否定の否定」という仕方は、どこまでいっても「否定」ということになりかねない。

そのように問われる土台自体をくずしてゆく力として、<生くる力をのみ見る也>と野口晴哉が書いた、肯定の力はある。

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成長・成熟, 野口晴哉 Jun Nakajima 成長・成熟, 野口晴哉 Jun Nakajima

ときおり、カザルスを聴く。- 心身を整え、「完成度」にじぶんを照らす。

ときおり、カザルスの音楽を聴く。カザルスの奏でるバッハの組曲を、である。

ときおり、カザルスの音楽を聴く。カザルスの奏でるバッハの組曲を、である。

だいぶまえに、ブログ「あらゆる「技術」に共通するものを追って。- 野口晴哉の整体とカザルスの音楽。」で触れたように、カザルスの音楽の「完成度」にじぶんを照らしてみたくなるのがひとつの理由である。

また、そのことともかかわっているのだと思うのだけれど、ぼくに(著書を通じて)カザルスの音楽を教えてくれた野口晴哉(1911-1976)の「整体」のように、心身が<整えられる>ようにも感じることがあるのである。

野口晴哉とカザルスについて触れた、上述のブログをここに再掲しておきたい。


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整体の創始者といわれる野口晴哉。野口晴哉の存在を知ったのは、いつだったか。すでに20年以上前になると思う。「自分を変える道ゆき」を探し求めていたときに、野口晴哉の存在に、ぼくは出会った。

野口晴哉は1976年に逝去したから、もちろん、著書等を通じての出会いである。当時は、ちくま文庫の『風邪の効用』などにふれたことを、記憶している。

2007年に、ぼくは香港に来て、人事労務のコンサルティングをしていくことになる。「コンサルティング」という領域は、学びと経験を深く積んでいけばいくほど、質が高まっていくようなところがある。

自分のコンサルティングを磨いていくなかで香港で、ふとしたことから、野口晴哉の書籍に「相談」したくなったことがあった。野口晴哉の『治療の書』である。野口晴哉が「治療」を捨てた書である。人間を丈夫にするためには「治療」では駄目だと、野口が「転回」して独自の道をつくっていくことの、画期的な書である。ぼくは、この書籍を日本から取り寄せた。

ぼくも、コンサルタントとして、問題が起きてからの「対処」よりも、「予防」により力を投じはじめていたときであったから、この書は、ぼくの心に響いた。

『治療の書』と共に、日本から取り寄せた野口晴哉の書の中に、『大絋小絋』がある。この書が、ぼくの心をつかんだ。この書は野口晴哉の草稿から取り出されたエッセイ集である。

このエッセイ集の最後に、「カザルスの音楽に”この道”をみがいて」というエッセイが添えられている。野口晴哉はクラシック音楽を愛していて、特に「カザルスのバッハ組曲のレコード」は、空襲による火事のときも持ち出すほどであったという。

野口は、整体指導にもクラシックのレコードを使用していた。理由の一つは、「自分の技術に時として迷いがでるから」と、野口は書いている。カザルスは、野口にとって「本物」であった。自分自身の技術を、この「本物」に負けないように磨いていくことを心がけていたという。

野口晴哉はこのように書いている。


人間の体癖を修正したり、個人に適った体の使い方を指導している私と音楽とは関係なさそうだが、技術というものには、どんな技術にも共通しているものがある。カザルスは完成している。私は未完成である。懸命に技術を磨いたが、五年たっても十年たってもカザルスが私にのしかかる。

野口晴哉『大絋小絋』(全生社)


当時、さっそく、ぼくはカザルスのバッハの組曲を手にいれて、聴いた。

海外に出るようになって、ぼくはクラシック音楽を聴くようになっていたが、カザルスのバッハの組曲の「完成度」はぼくにも大きくのしかかってきた。

それからというもの、ぼくは、このカザルスの音色に、何度も何度も戻っては、自分の「技術」の未完成に直面していた。

野口晴哉は、それから、カザルスを聴くことの中に、自分の「変化」を聴きとる。


…夢の中でも、カザルスは大きく、私は小さかった。それが始めてカザルスの音楽を聴いて以来、二十四年半で、カザルスが私にのしかからなくなった。

野口晴哉『大絋小絋』(全生社)


この文章を書きながら、久しぶりに、ぼくは、カザルスのバッハの組曲を聴いている。ぼくの中で「変化」はあるだろうかと。カザルスは依然として、ぼくに、大きくのしかかってくる。カザルスの「完成度」が、ぼくの「未完成度」を照らしている。

そして、それと同時に、ぼくの前に、野口晴哉という「巨人」が立っている。野口晴哉の文章が、ぼくにのしかかってきている。

野口晴哉は、カザルスが自分にのしかからなくなってからの感想として、「うれしいが張り合いがなくなった」と、綴っている。

ぼくは、野口晴哉とカザルス、そして野口晴哉の存在を教えてくれた見田宗介という「巨人たち」を前に、「張り合い」を、自身にめぐらしている。

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いまでも、カザルスも、野口晴哉も、ぼくに「大きくのしかかってくる」のであるけれど、カザルスの音楽の「完成度」にじぶんを照らしてみると、完成度に向かっているのを感じるというよりも、この「完成度」自体のぼくの理解が変わってきたように感じる。

こうして、ぼくは、ときおりカザルスを聴く。

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野口晴哉, 身体性 Jun Nakajima 野口晴哉, 身体性 Jun Nakajima

「空には音楽が満ちている」(野口晴哉)。- <感ずる者の心>のほうへ。

整体の創始者といわれ、体を知り尽くしていた野口晴哉(1911-1976)が感じていた「世界」。

整体の創始者といわれ、体を知り尽くしていた野口晴哉(1911-1976)が感じていた「世界」。


感ずる者の心には、感じない者の見る死んだ石でも、お月さまとして映る。
太陽も花も自分も、一つの息に生きている。
道端の石も匂い、鳥も唱っている。
感ずることによって在る世界は、いつも活き活き生きている。
見えないものも見える。動けないものも動いている。
そしてみんな元気だ。空には音楽が満ちている。

野口晴哉『大絋小絋』(全生社、1996年)


エッセイ集『大絋小絋』のなかに、無題で、収められている。エッセイというより、詩である。

ここにはとくに解説もいらない。

空には音楽が満ちている。

こんな<感ずる者の心>へと、じぶんの感覚を研ぎ澄ましてゆきたい。


テクノロジーは、人間の「感覚器官の拡張」だ。かつて、マクルーハンが書いたことであり、今でも、メディアなどでその表現を見ることがある。

スマートフォンも、インターネットも、望遠鏡も、飛行機も。さまざまなテクノロジーは、人間の感覚器官を、古代の人たちが思ってもみなかった仕方で拡張してきた。

ほとんどの人たちがテクノロジーの恩恵を受けて生きている。

けれども、はたして、テクノロジーによって、「空には音楽が満ちている」と感ずることができるようになるだろうか。

と、考えてみる。


テクノロジーは、空に音楽が満ちている「ような」映像を編集して見せてくれるかもしれない。

編集された映像は、「空には音楽が満ちている」というイメージを、たとえば空を見る見方として、教えてくれるかもしれない。

けれども、野口晴哉が書くような「太陽も花も自分も、一つの息に生きている」という深い感覚と一体感を、それは約束してくれない。

それは、テクノロジーによって「外部へと拡張」していく仕方ではなく、いわば、じぶんの「内部への拡張」という仕方で、感官を研ぎ澄ましてゆくことによってであると思う。

じぶんの「内部への拡張」とは、内部へと閉じこもることではない。

そうではなく、それは外部に向かってひらかれるための方法。空に満ちている音楽を聴くための方法である。

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音楽・美術・芸術, 野口晴哉 Jun Nakajima 音楽・美術・芸術, 野口晴哉 Jun Nakajima

ひとびとを魅了してやまない肖像画「モナ・リザ(Mona Lisa)」。- 野口晴哉による「モナ・リザの微笑」論へ。

CNNのニュース(2019年1月9日)に、「Researchers debunk myth about Mona Lisa’s eyes」(研究者たちがモナ・リザの目についての神話を覆す)と題された記事を見つける。

CNNのニュース(2019年1月9日)に、「Researchers debunk myth about Mona Lisa’s eyes」(研究者たちがモナ・リザの目についての神話を覆す)と題された記事を見つける。

ここでの「モナ・リザ」はもちろん、レオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれた肖像画である。

その記事では、ドイツにある大学の科学者たちの研究によると、モナ・リザは、実は、この絵画のモナ・リザを観るあなたの「右15度くらいのところ」(おそらく、あなたの右耳、あるいは肩の上)を見ているのだ、という。つまり、描かれた彼女はあなたを凝視しているように見えるけれども、そうではない、というのだ。


それにしても、「モナ・リザ」はほんとうに多くの人たちを魅了してきた。オリジナルだけでなく、いろいろなバージョンを含めて視聴者数をカウントしたら、きっと、とんでもない数字が出てくるだろう。

それから、ほんとうに多くの研究者たちの研究対象となってきた。研究者たちも多彩である。医師がモナ・リザを見て、モナ・リザは病にかかっている、と見て取ることもある。

「研究者」にかぎらず、モナ・リザを見る人それぞれの「専門」や「関心」をフィルターにして、モナ・リザがさまざまな様相であらわれるのだろう。

いろいろな見方と現れ方がありながら、モナ・リザの微笑と凝視は「何か」を考えさせたり、伝えたりするものがある。


ぼくの尊敬する整体の野口晴哉(1911-1976)が、モナ・リザについて書いている。「モナ・リザの肖像」と題され、『大絋小絋』というエッセイ集に収められている。


 人間のどの女にも、こういう微笑はある。しかし見えない人もいる。
 見える人は、どの人にも見る。この微笑が見えるか見えないかで、この世の中の美しさが大きく動く。
 満たされて抑え、更に求むる動きーこれが見える人は、世のすべての動きに美しさを見ることであろう。
 モナ・リザのこの微笑は開三種現象である。

野口晴哉『大絋小絋』(全生社、1996年)


最後の文章のところで「開三種現象」と書かかれているのは、野口晴哉の「体癖」研究をもとに、モナ・リザの体癖を読みとって書かれているものと思われる。「体癖」とは、個人の身体運動がそれぞれに固有な「偏り」の運動に支えられているとし、一種から十二種までを分類している論である。それぞれの偏りが体ぜんたいの動きと連動してゆくさまを、野口晴哉はいろいろに研究し語っており、モナ・リザの微笑に「三種」(四種と共に左右型。体の運動が左右に偏る)の動きを見たのである。

それにしても、体を知り尽くした野口晴哉の巨大な知性を介して、モナ・リザの微笑が、とても簡潔に語られ、しかしいっそうの深みを帯びてくる。この微笑が「見える」人は「世のすべての動きに美しさ」を見ることだろう、とは、言っていることはわかっても、深みのある示唆である。

このように感覚する<感受性>を、じぶんがもちあわせているかどうか、心許なくなる。


「満たされて抑え、更に求むる動き」。この動きのなかに<美しさ>があらわれるのだと、野口晴哉は書いている。

このことを充分に「わかる」とは思わないけれど、ぼくは、野口晴哉の、この「モナ・リザ」論に、とてもひかれるのである。

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身体性, 野口晴哉 Jun Nakajima 身体性, 野口晴哉 Jun Nakajima

「食べ過ぎの心理」について。- 「体を知り尽くしていた」野口晴哉の視点。

「食べ過ぎの心理」と聞くと、ついつい、知りたくなってしまう。ぼくはとくに「食べ過ぎ」をすることはないのだけれども、それでも、やはり知りたくなる。とりわけ、あの野口晴哉先生が語る「食べ過ぎの心理」となれば、なおさらのことだ。

「食べ過ぎの心理」と聞くと、ついつい、知りたくなってしまう。ぼくはとくに「食べ過ぎ」をすることはないのだけれども、それでも、やはり知りたくなる。とりわけ、あの野口晴哉先生が語る「食べ過ぎの心理」となれば、なおさらのことだ。

整体指導や体癖研究などを通じて体を知りつくしていた野口晴哉(1911-1976)が、専門外である「教育」について、整体協会における講座で語ってきたことの記録が、野口晴哉『潜在意識教育』(全生社、1966年)としてまとめられている。

この本のなかの「性格形成の時期」という章の一節(第四節)に、「食べ過ぎの心理ー乳児期の欠乏と潜在意識の方向」という文章がおかれている。

そのぜんたいと詳細は、この本を読んでほしいが、ここではいくつかのポイントにしぼって、書いておきたい。


他の著作を含め、野口晴哉は「体への信頼」ということを大切なこととして提示しているが、その視点がここでも貫かれ、<体は食べすぎることはできない>と述べている。


 眼が覚めたら起床し、腹が空いたら食べ、眠くなったら眠るというように、体の要求によって体を使ってゆくことを考えねばならない。体を信頼しないということを前提にした行動は、よいはずのことでも、力が発揮されないために逆になるということも少なくない。第一に体は食べ過ぎるなどということはできない。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年


もちろん、ここで語られる条件、「体の要求にしたがって」ということが肝要である。現代は、野口晴哉がこのことを語っていた時代にもまして、この条件を満たしてゆくことがむずかしいときだ。どうしても「頭」ばっかりが大きくなってしまい、上記の文章の直前に野口が書いているように、体のことに気を使い「食べ過ぎはしないか、働き過ぎはしないか、眠りが足らないのではないか」と意識でばかり考え過ぎなのである。そんなこんなだと、体が本来の力を発揮できないのだと、野口は書いている。

ともあれ、この条件を認識したうえで、それでも実際には食べ過ぎでお腹を壊す人たちなどを見ながら、野口晴哉は「人間の体の要求を超えてまだ要求があるのだろうか」と問いを立てながら、「食べ過ぎの心理」へと分け入っていくことになる。

そこで持ち出されるのが、この章「性格形成の時期」の論理展開の骨格をなしている「生後十三ヵ月間の問題」である。この時期が大切であること理由のひとつは、赤ちゃんが自分の意志を言葉によって表すことのできないこの時期に「潜在意識に与えた歪みは、大人になっても、意識以前の心の方向として働き続けるから」である。


生後13ヵ月以内の乳児の栄養とその与え方(質や量まで)、いくつかの状況事例などを概観しながら、この時期に、赤ちゃんの「体の要求によって食べるという自然の性質」のままに育ててゆくことで、大きくなっても食べ過ぎるということがないようになるのだと、野口晴哉は語っている。だから、たとえば、親が時間を定めて無理に食べさせるような仕方は弊害を生んでいく。

そのような事例が挙げられながら、とにもかくにも、いろいろな理由によって、食べ物の満ち足りない時期が何回かあると、赤ちゃんの潜在意識の方向が「体の要求によって食べるという自然の性質」からはなれていき、「満ち足りない時期」に備えるようになるのだという。こうして食べ物が与えられたときに「ともかく食べておく」という不備に備えた食べ方が形成されていくのだが、このことは逆に見れば、赤ちゃんの潜在意識に「欠乏」が刻印されることになるのだ。


…赤ちゃんの時代からその潜在意識の中にそういう欠乏を教えないことである。食べ物はお腹が空けば自然に与えられるというような、絶えず赤ちゃんに快い状況で、産まれてから十三ヵ月間を育てると、あまり意地の汚い子供にはならなくなると思うし、大人になってもそう食べ過ぎや飲み過ぎをやらなくなってゆくだろうと思う。
 みんな「食べ過ぎた、食べ過ぎた」と言うけれども、それはお腹の壊れるまで、ともかく詰め込んでいないと不安だったという、そういう不安をいつも抱えていた意気地のない気持ち、惨めな心の反映なのである。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年


体のことを知り尽くしていた野口晴哉が「食べ過ぎの心理」を<欠乏感>に見出したことに、ぼくは学びとともに、深い納得感を得る。体のことを知り尽くしていても「心」は知らないんじゃないかという声が出るかもしれないが、そうではない。体のことを知り尽くしていたからこそ見出される「心」なのだ。つまり、冒頭に書いたように、<体は食べすぎることはできない>ということを知っているからこそ、そこを基礎として<欠乏感>という不安にたどりついたのであった。


「食べ過ぎの心理ー乳児期の欠乏と潜在意識の方向」の節を、野口晴哉はつぎのように閉じている。


 今日のように何でも潤沢にある世の中になっても、そういう気性が残るのは、逆にいえば潜在意識内の欠乏を埋めようとする絶え間ない動きで、そういうものが仕事の上に、何とかもう一つやってやろうというようになるのだと思うので、或る意味の欠乏は子供の向上心をつくる上に悪いとはいえないけれども、食べ過ぎるようになるまでに欠乏に追いやることは考えものだと思う。しかし食べ過ぎということは本当はないはずで、あり得ないのである。それなのにあるということは、それは体の自然の現象ではなくて、潜在意識教育の結果、親が子供の体を歪めてしまったためである。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年


「潜在意識内の欠乏を埋めようとする絶え間ない動き」は、食べ過ぎることに限らず、さまざまな分野・領域にまでひろがっている現象であるように、ぼくは思う。野口晴哉が書くように、「或る意味の欠乏」は向上心とつながるのであろうが、欠乏感と向上心の組み合わせは、とても気をつけなければならない。このような「欠乏感」を、世界の「豊饒さ」への感知へと置き換えながら、ぼくたちの「体」への信頼を含め、人生や世界を信頼してゆくことのなかに、ぼくたちは「世界」の違う風景を見るのだ。

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野口晴哉 Jun Nakajima 野口晴哉 Jun Nakajima

「人間の力」を取り出すこと。- 野口晴哉の提示する「心の働かせ方」。

野口晴哉(1911-1976)の著書『潜在意識教育』(全生社、1966年)は、かぎりない知恵が詰まった本である。

野口晴哉(1911-1976)の著書『潜在意識教育』(全生社、1966年)は、かぎりない知恵が詰まった本である。

「精神集中法」ということの文脈で、「人間の力」を取り出していくことについて、整体を通じてからだを知り尽くす野口晴哉がふれているところがある。

数学や理科が苦手な人たちの能力(推理判断の力)を引き出していくという話の中で、次のように野口晴哉は語る。

 

 人間の力というものは、取り出そうと思えば、どういう方向からでも取り出せるものである。ただそれを意識から取り出して一生懸命勉強するとか、眠いのを我慢して、水をかぶって勉強するとかいうことをやったのでは取り出せない。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

ここで、野口晴哉は「子どもたちの勉強」に、教師がどのようにかかわっていくのかを語っているけれど、その冒頭は次のようにはじまっている。

 

 今の教師のように宿題をたくさん出さないと不安だということは、それだけ自分のやっていることに自信がないのだといえる。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

この観察の切り口は、ふつう、思いもよらない(少なくとも、ぼくは、はっとさせられた)。

「宿題の多さ」が、不安に起しているとしたら、また、その不安が教えることの自信のなさからきているとしたら、宿題は誰にとっての何のためだろうということになる。

野口晴哉は、そこに、次のような方向性を提示している。

 

…絶え間なく勉強させて、更に勉強しようとする意欲を喚び起こそうとしたってそれは無理で、緊張を破る時間があって初めてその緊張は続く。どこで緊張を打ち切り、どういうように興味を持たせるかという興味の誘導法、どのように理想をうちたて、それに向かって希望を持たせるかという希望の持続法、それを先生方は研究すべきである。そういう道を開拓しないで努力だけさせようとすることは、心を殺しておいて勉強することを強いることで、ちょうど、エンジンに砂が入っているまま自動車を走らせようとするようなものである。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

「興味の誘導法」と「希望の持続法」。

これら、「興味」と「希望」は、子どもたちにとって、また子どもたちだけにかぎらず大人たちにとっても、ほんとうに大切なものだと、ぼくは思う。

「宿題」という、方法によっては心を殺してしまう勉強の仕方から、「興味」と「希望」という地平へと、野口晴哉は一気に視界をひらく。

さらに、本のなかでは、時計の音を聞く訓練や呼吸法など、具体的な方法と根拠も提示している。

 

このように書きながら、20世紀の近代化の進展においては、大量生産や効率性といった社会の主旋律のなかで、心や興味や希望などはまったく脇に追いやられてきたものでもあることを、ぼくはかんがえる。

そう知りながらも、子どもたちに接する現場の人たちの一部が、野口晴哉のように、やむにやまれず、声を発し、実践をひろげてきたのだろう。

そして、時代は、経済のグローバリゼーションのなかに、近代化の完成形をみるところまできて、はじめて、心や興味や希望などがスポットライトを浴びるようになる。

見方を変えれば、時代が、野口晴哉などの言葉や実戦に追いついてきたのだともいえる。

 

社会も世間も経済も、気ままに変わっていくなかで、ぼくたちはじぶんの中に、<信頼するじぶん>をもっておくこと。

野口晴哉は、そのために、今でも、ぼくたちに(少なくともぼくに)語りかけてくれる。

「興味」と「希望」は、ぼくたちの「人間の力」を取り出すための、扉のパスワードである。

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野口晴哉 Jun Nakajima 野口晴哉 Jun Nakajima

「“と思い込む”こと」にかんする野口晴哉の考察。- 「固定観念」をほどく。

整体指導や体癖研究などを通じて体を知りつくしていた野口晴哉(1911-1976)は、専門ではない領域の「教育」にふみこみ、「意識以前の心の在り方を方向づける方法」としての教育を、ぼくたちに残してくれている。

整体指導や体癖研究などを通じて体を知りつくしていた野口晴哉(1911-1976)は、専門ではない領域の「教育」にふみこみ、「意識以前の心の在り方を方向づける方法」としての教育を、ぼくたちに残してくれている。

整体協会で行なった講座が、野口晴哉『潜在意識教育』(全生社、1966年)としてまとめられている。

1966年の著書だけれど、その内容は古くなるどころか、今という時代だからこそ、ぼくたちの心と身体に響くものである。

 

この本のなかに、「“と思い込む”こと」という、固定観念にかんする経験と考察が展開されるところがある。

 

 固定観念というのは、自分ひとりでいつの間にか“と思い込んで”しまうことである。…郵便ポストを幽霊に間違えるようなことも時にはある。大人でもそうなのだから、子供が“と思い込んで”しまうということがあると、子供は意識で判断することが大人よりも弱いだけに、その考えが直接に深く潜在意識に入ってくる。潜在意識に入ってしまうと、その考えに支配される割合が子供は大人よりも大きい。…子供が親から悪いとか不良だとかいうように言われたら、どうなるだろうか。一番信頼している親がそういうように観る。教師がそういうように観る。子供にとっては否が応でも自分は劣等児だと思い込むより他はない。一旦“と思い込む”と、今度は自分でよくなろうと努力しながら、逆に“と思い込んだ”心の映像の方が濃くなってくる。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

「郵便ポスト」ではないけれど、小さい頃、夜道を歩いていて、空き地にある鉄塔のようなものが幽霊に思えて、びくびくしていたことがぼくにはある。

そうではないと意識では言うのだけれど、いつ通っても、それが幽霊のように見えてしまう体験だ。

少なくない人たちが似たような体験をもっているだろうし、また大抵の人たちが、多かれ少なかれ、子供の頃に“と思い込んだ”固定観念を、心の映像として色濃く持ったままに「大人」になっていく。

どこかで読んだ(聞いた)話では、小さい頃に「醜い」と親に言われた女の子が、大人になって世界的なスーパーモデルになっても、じぶんのことを「醜い」と思ってしまっていたりする。

野口晴哉は、“と思い込んだ”固定観念は、いつでも意志の力よりも強く、努力しても覆すことがなかなか容易ではないという。

“と思い込んだ”固定観念が、その観念を意志や理性で否定しようとする力よりも強いというのだ。

 

だから、意志で観念を覆そうとするのではなく、少しズラした仕方で、野口晴哉は子供を解き放ったときのことを書いている(※前掲書)。

あるとき、整体協会に通っている子供のなかに、脳膜炎をやったために普通に扱えない子供がいたという。

野口晴哉は、子供の親に、好きな勉強や家でやることを尋ねると、「他のことはみな駄目だけれども、機械類をいじることが好きで、壊しては組み立てている」と応答が返ってくる。

それに対し、子供のお兄さんは壊したものを組み立てられるかと尋ねると「組み立てられない」、さらに子供のお父さんは組み立てられるかと尋ねると「組み立てられない」という返答が、立て続けに返ってくる。

 

…そこで本人に向かって、「では、君はどうか」と言うと、「組み立てられる」と言う。「では君はお父さんよりも、兄さんよりも、そういう力はあるんだな」と、私がそれだけ言ったら急に元気になって、それから他の勉強も標準以上になった。親の方は頚を治してもらったから頭が治ったのだと言うがそうではない。その子供が劣等感に埋まっていた中に、一つの光を与えたからである。そういう光を与えるためにこう言ったのだと親に説明したならば、きっと親はそれを子供にもう一回言って聞かせる。そうしたらおそらくはそうはならないだろうと思う。観念というものは、意志で努力すると別の方向に行ってしまう。何気なしにそう認めたことが効いたのである。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

「では君はお父さんよりも、兄さんよりも、そういう力はあるんだな」という言葉だけであるけれど、その言葉が子供に「一つの光」を与える。

簡単なようでありながら、野口晴哉が見ているように、「何気なしにそう認めたこと」に効力があったものと思われ、そのスタンスは子供の心の機微が見えないと、ぼくたちの内からは自然と出てこない。

子供の「問題」が脳膜炎にあると思い、また治ったのは頚を治してもらったからと見てとる親には、取ることのできないスタンスであるように思われる。

子供の固定観念をほどいていくことが語られているのだけれど、大人の固定観念をほどいていくことが大切になってくる。

野口晴哉の考察と実践は、極めて明晰であり、「生きる」ということに徹底的に寄り添っている。

それが、野口の言う「全生」ということとつながってくるのだけれど、そのことはまた別のブログで書こうと思う。

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野口晴哉 Jun Nakajima 野口晴哉 Jun Nakajima

野口晴哉にとっての「教育」。- 野口晴哉の「潜在意識教育」。

整体指導や体癖研究などを通じて体を知りつくしていた野口晴哉(1911-1976)は、専門外である「教育」について、整体協会で講座として語ってきた。

整体指導や体癖研究などを通じて体を知りつくしていた野口晴哉(1911-1976)は、専門外である「教育」について、整体協会で講座として語ってきた。

その記録が、野口晴哉『潜在意識教育』(全生社、1966年)の書となり、まとめられている。

野口晴哉の名著『治療の書』とは異なる文体で書かれた『潜在意識教育』も、読めば読むほどに、そこにひろがる世界の深さに圧倒されてしまう。

四十数年にわたる指導の経験が、この世界に奥ゆきを与えている。

 

野口晴哉の語る「教育」とは、「意識以前の心の在り方を方向づける方法」としての教育である。

野口晴哉は、著書『潜在意識教育』の「序」で、このことに触れている。

 

 私は…同じような教育を受けながらみな異なったことを考えたりするのは、教育を受け入れる意識以前の心の方向によるのであり、人間は意識で考えているようには行えず、咄嗟の際に本当のことがヒョッコリ出てしまうのは、意識以前の心によって為されるからであるということを知っている。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

教育のことを考えさせるようになった「理由」を、野口晴哉は、「お互いに自分の子供は選べないから」であると書いている。

結婚相手や友人などは選べるけれども、子供とか親とかを選ぶことはできない。

そのように、「選べない宿命の中で楽しく生くる道を見つける方法」として、教育の方法を考えようと、野口晴哉はこの本のもととなった講座で、ことばを届けてきたのだ。

 

 親は子供をよりよく育てるとかで、自分の理想を託したり、自分に都合のよいようなことを上手に押しつけたりしてそれを教育だと言うが、子供の方は教育の必要を感じていないばかりか、植木や盆栽みたいに親の勝手な形に整えられることは迷惑である。それ故中には反感を抱き反対の方向へ走る欲求すら持つようになる。それが実現できなければ、反抗として他のいろいろのことに逆らうことが生じ、時にその実現の衝動に駆られることさえある。…お互いに選べない、選りどれないという宿命のためである。どちらの罪でもない。それ故教育の専門家でない私が教育のことを語るのである。選べない、選りどれないその宿命の中で楽しく生くる道を見つける方法として、意識以前の心の在り方や方向を教育する方法を考えようというのである。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

このように、野口晴哉は、本書の「序」で、「教育」ということ、教育を語る理由、めざす方向性を明示している。

これだけの文章のなかにも、多くのことを教えられ、かんがえさせられる。

講座の記録としてのこの書は、子供が読むものではないだろうから、「大人」に向けられているものだ。

対象は「親」である者ばかりでなく、「大人」全般であると、ぼくは思う。

子供を持たなくても、大人として子供にかかわることがあるであろうし、なによりも、「意識以前の心の在り方」という、だれにとっても大切なことに向けられているからである。

実際に、野口晴哉も、「親ー子」という書き方より、「大人ー子供」という語り口で書いており、その基礎には「人間」が土台としてきっちりとおかれている。

さらに、どんな「大人」も、「子供」という時期を通過してきたのであり、本書で語られる「子供」に<じぶんの中の子供>を重ねあわせながら、読むことができる。

それは心理学の知見がいろいろな仕方で語るところでもある。

そのように読んでゆくことで、大人としての<じぶん>をきりひらいていくことができるのであり、それが「楽しく生くる道」の方法でもあるところに、野口晴哉の「教育」はあるように、ぼくは思う。

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野口晴哉, 身体性 Jun Nakajima 野口晴哉, 身体性 Jun Nakajima

勧善懲悪的な考え方から離れてゆく。- 野口晴哉の語る「養生」ということ。

整体の創始者といわれる野口晴哉は、食餌療法でこれこれ(酸性のものや肉や卵)は良くないと教えられているという食にかんする質問に答えるなかで、「養生」ということの本質を語っている。

整体の創始者といわれる野口晴哉は、食餌療法でこれこれ(酸性のものや肉や卵)は良くないと教えられているという食にかんする質問に答えるなかで、「養生」ということの本質を語っている。

 

毒のものはいけないというのは養生方法ではない。毒のものでも、体に良いものでも、共に害を受けないように摂取する体のはたらきを保つことが、養生の根本的な問題です。体に悪いから止めるというのは間違いで、悪くとも良くとも、使いこなして行くということが大事です。食べ物を食べ拡げるということが食養生であり、どんなものでも食べられるようになることが養生です。だから昔の人が骨折って食べ拡げたものを狭めるということは感心しない。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

「体」を知り尽くしてきた野口晴哉の、「養生」ということにかんする考え方である。

ここでのポイントを、振り返りながら言い換えて並べなおすと、次のようになる。

  1. 食べ物自体の善し悪しだけによらず、体のはたらきを保つこと
  2. 食を使いこなして行くこと
  3. 食べ拡げていくこと

これらの言葉は、人が陥ってしまう罠の存在を際立たせる。

人はときに、食べ物自体の善悪に傾倒してしまったり、いわゆる「善いもの」だけを摂ることで体を弱くさせてしまったり、食を狭めてしまう。

ぼくは食や体の専門家ではないけれど、「外部」のものに思考が依存し、それを「善し悪し」だけで切り取ってしまうことは、人のさまざまな行動にみられるものだと思う。

そのような思考により、「じぶんじしん」というものが置き去りにされる。

もちろん、「じぶんじしん」のことは「じぶん」に任され、託されるわけだけれど、その「じぶん」の身心にほんとうに向き合うことは、いろいろな事情やいろいろな社会の力学のなかで、それほど容易ではない。

 

野口晴哉は、言葉をさらに紡いでゆく。

 

だから体の構造をよく知ってやるのならば、食餌療法もまたよいことなのですが、体の研究ということをしないでただ食べ物の分析だけをして、まるで昔の芝居に於ける勧善懲悪のように、善いものと悪いものとをハッキリと区分けして、善いものだけを摂ろうとするのは単純すぎる。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

野口晴哉の言うように、「勧善懲悪のように、善いものと悪いものとをハッキリと区分け」する思考が、世界のいろいろなところにひろがっている。

それは、やはり「単純」すぎる。

なお、野口晴哉はこの文章のなかで、ベートヴェンやハイドンの音楽にそのような「単純さ」の地平にたつ音色を聴きとっていることは、「野口晴哉の音楽論」という視点においても、興味深いところである。

そのような「単純さ」のなかにあって、野口晴哉が書いているように、草花なら肥料のやり過ぎはそれらを枯らせてしまうことを人は知っている。

しかし、それが「じぶん」のことととなると枯れることはないと、「善い」ことを追い続けるように、栄養のあるものを食べつづける。

栄養の不足という機会によって、「じぶん」の側において摂取する力が増えるという効果には、なかなか思い至らないものだ。

 

野口晴哉は、ここで、食べ物だけのことではなく、「物事を善と悪とだけに割り切ろうとし、善いものだけを受け入れ、悪いものは何でも排斥しようとする」、勧善懲悪的な、単純な人生観にまで視野をひろげて、心をひらき、そのような人生観そのものを変えていくことをすすめている。

そのことは、「善人と悪人」という括りさえも、無効にする。

人は、ある条件のなかで善人になり、ある条件のなかで悪人になる。

 

勧善懲悪的な考え方から離れてゆくこと。

生をその全体において、生きてゆくこと。

野口晴哉の「養生」は、そのような方向性において翼をひろげてとんでゆきながら、ぼくたちの日々の生活や生き方をするどく照射してくる。

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日本, 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima 日本, 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima

「日本人の創造性」についての、野口晴哉の考察。- 「正確・記憶・形式」から「空想」へ。

整体の創始者といわれる野口晴哉の、地に足のついた考察を読めば読むほどに、その広がりと深さに圧倒される。...Read On.

整体の創始者といわれる野口晴哉の、地に足のついた考察を読めば読むほどに、その広がりと深さに圧倒される。

「子供の教育」(したがって、親や大人の言動)にかんする野口晴哉の考察の中に、「日本・日本人」についての考察がある。

「日本人には本当に独創性がないのだろうか」と、野口晴哉は自身に問いながら、簡潔かつ直球の考察をなげかえしている。

1960年代に書かれた考察で、日本の教育が「模倣の才能」を育て、独創性を壊してしまうような方向に行われていることを、野口晴哉は語っている。

 

…日本の教育に於て、一番大切にされているものは何かといえば、正確ということである。自分で思いついたことより、何かの標準に正確に合っていることの方が貴ばれている。思いつきより標準に正確な方が信頼される。正確というものは物差しがいる。物差しは自分以外のものである。正確が要求されればされるほど、思いつきは価値を失う。…思いつきが育たなければ創造ということはない。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

野口晴哉は、日本の教育で大切にされているものとしての「正確」に加え、「形式」と「記憶」が日本では大切にされているとする。

「形式」を厳重に守ることで、個人の自由な思いつきは脇にやられる。

そこで、「記憶」ということが大切にされる。

正確、記憶、形式というものをつきやぶることのない教育が、日本人の独創性を奪ったものとして、野口晴哉は考えていた。

およそ1960年代のことである。

このことは、50年ほどが経過してもなお、日本・日本人、また日本の教育につきまとうことであるように、ぼくは思う。

野口晴哉の文章を、「今の時代」のこととして読んでも、まったく違和感がない。

今も、日本は、正確・記憶・形式ということの中に、からめとられているようなところがある。

もちろん、日本の経済発展を支えてきたのも、これらである。

一様にきりすてるものではないけれど、あまりにも、これらに偏重してきたように思う。

 

野口晴哉は、この状況を打開していく方途として、子供たちの「空想」を育ててゆく方向を定めている。

 

 私達はこれからの子供達に、正確だとか記憶だとかいうような、過去の残骸を押しつけることを止めたい。正確も記憶も、みんな過去のものであって未来のものではない。その過去のものから出発させるという教育を止めて、思いついたこと、思い浮かべたことを育てて創造に直結できるように、日本人の持っている空想性というものを育ててゆきたい。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社、1966年

 

野口晴哉はこの文章に続き、「空想」ということを、あらゆる角度から論じている。

これらの考察は、人間にかんする深い洞察に充ちている。

ぼくの関心(「ストーリー・物語」論)にひきつけると、この「空想」は、「物語」を人の中に生成させるプロセスであるように、ぼくは見ている。

思いついたこと、思い浮かべたことが「他者の物差し(物語)」により抑制されるのではなく、じぶんの中に生成していく物語の芽となる。

そのように、ぼくは野口晴哉の「空想論」の中に、可能性を見出していきたい。

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野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima

「目が輝くこと」の輝き。- 指揮者Benjamin Zander、そして野口晴哉が語る「目の輝き」。

「目が輝く」という言葉は、それを語る人、語られる文脈、語られる場などによって、言葉の真実性が異なって現れる。...Read On.

「目が輝く」という言葉は、それを語る人、語られる文脈、語られる場などによって、言葉の真実性が異なって現れる。

例えば、「目の輝き」などと学校のパンフレットなどに記載されていたら、それは「シラケ」を誘ってしまうような言葉の響きを鳴らす。

それが、クラシック音楽の指揮者Benjamin Zanderが、熱をこめて語ると、全然異なった「色彩」を帯びて、ぼくたちの前に現れる。

TEDトークでBenjamin Zanderが語った「成功の定義」、「It’s about how many shining eyes I have around me.」。

ほんとうに「目の輝き」を追い求め、ひろげてきたBenjamin Zanderだからこそ、この言葉は真実さをもつ。

 

整体の創始者と言われる野口晴哉の著作の中で、「目の輝き」を野口晴哉が語るところがある。

野口晴哉は、七夕に際して、「願いごと」を叶えることの秘訣(=論理)を、「心」の機能・役割の側面から強調していく中で、「目の輝き」について語る。

野口晴哉が扱うのは「身体」でありながら、だからこそ、野口晴哉は「心」の作用をつぶさに観察してきたのである。

 

 まあともかく、人間が心によって生きる道を自分で開拓しているのだということに気付いて、そういう人が多くなれば、私としては、大変幸せです。…新しい欲求がみんなになくなって目が輝かなかったら、そういう人達に囲まれて生きているのは厭です。目が輝いている人が多ければ、私も一生懸命生きます。
 近頃、幼稚園に行っている子供まで、目の輝きを失っているのが多い。小学校へ行くともっと多い。教え込まれて、自分の欲求を見失ったからだと思うのですが、子供がそういうようではいけない。もっと、皆さんで力を合わせて、子供の目が輝くような、ついでに自分の目も輝くような、自分の周囲に目の輝いた人ばかりになるような世界を造ろうではありませんか。…

野口晴哉「人間の願いー七夕祭にてー」『大絃小絃』全生社

 

ここで「近頃」というのは、最近のことではない。

おそらく、1970年前半頃のことと思われる。

野口晴哉は、人の「欲求」と「目の輝き」をつなげている。

 

人の欲求というと、現代の文脈では自己中心的なイメージがまとわりつくようにも感じられるけれど、ここでは心から描かれた欲求である。

頭でつくられていくような欲求ではなく、空想として描かれ、言葉化されていくような欲求である。

現代の文脈では「好きなこと」という表現のもとに、「(狭い意味での)好きなこと」に物事が閉じ込められてしまうように語られることもあるけれど、そうではなく、もっと広々とした欲求である。

それは、身体の底からわきあがる欲求である。

だから、「教え込まれたこと」を一旦は横に置いて、野口晴哉が言う「体の知恵」を作動させることである。

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身体性, 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima 身体性, 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima

「子供は親の注意の集まる方向に伸びる」(野口晴哉)。- 「大人の注意」にあけわたされた存在の「生活の手段」。


レストランで食事をしているとき、隣のテーブルの男の子(おそらく7歳前後)がぼくのいるテーブルの方向に向けて、水の入っているコップを倒した。

隣のテーブルの机にコップの水と氷がこぼれ、隣のテーブルとこちらのテーブルの間にも少し水がとびちった。

その男の子のお母さんが、たしなめるように、隣の席で子供に声をかけ、テーブルをふく。

しばらくして、その男の子は二つのテーブルの間を行き来し、向かいに座っている兄弟と思われる男の子のところに幾度も足を運ぶ。

ときおりこちらのテーブルと椅子にぶつかりそうになるから、ぼくはそのたびに注意を向けることになる。

ふと横を見ると、お母さんはスマートフォンの画面に目をおとしていた。

 

このような場面に遭遇し、ぼくは整体の創始者と言われる野口晴哉の「教え」を思い出していた。


…「お客様の前で何です」と言ってたしなめ、子供の行為を抑える。これが、子供にもっと騒ぎたくなるように仕向けることになる。それはお客様がきている間は、子供の行動にお母さんの全身の注意が向いているからです。

野口晴哉『潜在意識教育』全生社

 

勝手な解釈だけれど、レストランのテーブルで、男の子がぼくのいるテーブルの方向にコップをたおしたのは、お母さんの注意を集めるためである。

その行為により叱られようが、目的は注意を集めること。

その目的は達成されたわけである。

 

産まれてくるとき、人間はすぐに歩けるわけでもなく、生きることを他者に完全に委ねる。

野口晴哉は次のように書いている。

 

 子供は元来大人の注意によって生活している。自分で生活してゆく力を持たない赤ちゃんの状態で産まれてくるというのは、大人の注意によらなければ育たないということである。だから子供が親の注意を得ようとするのは、大人のようなお化粧ではなくて生活の手段である。子供は頭で感じる以前に体で感じている。注意が少なければすぐに空虚を感じる。お客様が来た時に騒げばお母さんの注意が集中するが、おとなしいと注意が集まらないとなれば、子供は騒がずにはいられない。…

野口晴哉『潜在意識教育』全生社

 

子供が親の注意を得ようとすることは「生活の手段」であると、野口は書いている。

養老孟司が言っているように、都市は「脳化=社会」であり、頭で作られた場所である。

子供はその中での「自然」でもある。

「頭で感じる以前に体で感じる」ものとしての子供たち。

そして、野口も書いているように、大人も、「我ここにあり」と、人の注意を喚起するような方法をいろいろに発明する。

こんな風な「視点」で見ると、ぼくたちの「周りの風景」は、違ったように見えてくる。

 

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野口晴哉, 言葉・言語 Jun Nakajima 野口晴哉, 言葉・言語 Jun Nakajima

「時の力を生かすこと」(野口晴哉)。- 技術を修めた者に向けられた言葉。

「市民社会の存立の媒体としての物象化された時間」(真木悠介)を獲得したことは、人類の発展において、決定的に重要なことであった。...Read On.


「市民社会の存立の媒体としての物象化された時間」(真木悠介)を獲得したことは、人類の発展において、決定的に重要なことであった。

それは、お金やメディアなどの、人と人を媒介するものと、構造を同じにしている。

時間は、一年があり、半年があり、四半期があり、また月・週・日がある。

時計は、1時間、1分、1秒を告げている。

年末年始というタイミングには、ぼくたちは「時間」をより明確に意識する。

「2018年という時間」を、世界ぜんたいで共にお祝いをするという、つなげる力としての「時間」。

ぼくたち個人にとっても、「時間」をうまく味方につけることで、ぼくたちの生は豊かになる。

 

「時間」について考えながら、整体の創始者といわれる野口晴哉のエッセイを読んでいたら、「時の力」という短い文章に魅かれる。

時間が刻一刻とすぎていく様から、野口は書き始めている。

 

 いつの間にか夏になり、秋になり、冬になる。
 時というものは少しも休まない。…

 この一瞬にも、永遠に連なる一瞬が消えている。
 生くるはもとより、死ぬも病むも、また人を導くも、ともに生活するにも、この時の力を軽視してはいけない。
 軽視する人は少ないが、忘れている人は多い。…

野口晴哉『大絃小絃』全生社、1996年


 

野口晴哉は「時の力」について、それを軽視している人や忘れている人に思い出させるように書いている。

生くることの全体に向けられながら、やがて、自身のよってたつ養生や治療を含めた「技術を修めた者」に向けて、言葉が集注され投げかけることになる。

 

 時の力を生かすことを考えることが、技術を修めた者には何よりも必要だ。
 世の中には芽生えた稲の伸びが遅いと、手でそれを引っ張って伸ばすような養生や治療が行われている。

野口晴哉『大絃小絃』全生社、1996年

 

野口晴哉の語る<時の力>は、明確に計測し見ることのできる「時間」ではなく、自然的な流れとしての<時>に触れている。

養生や治療に限らず、「技術を修めた者」にひびく言葉だ。

軽視もしないし、忘れもしない<時の力>だけれど、「市民社会の存立の媒体としての物象化された時間」の圧力と要請は、日々、ぼくたちにのしかかってくるものだ。

野口がこの文章を書いた数十年前に比較し、この「時間」の圧力と要請はいっそう強さを増している。

世界の人たちをつなげる「時間」と個人の生をひらいていく「時間」を味方につけつつ、どのようにしてこの<時の力>をも、生きることの実践としていくことができるのか。

その「方法」について野口はこのエッセイでは書いていないけれど、それはぼくたち一人一人に投げかけられた問いであり、ぼくたちの想像力が試されるところである。

思考や行動が狭く型づけられているなかで、どのようにしてこの想像力の翼を獲得していくことができるのかが課題である。

 

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野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima 野口晴哉, 成長・成熟 Jun Nakajima

生ききること、全生を追い求めてきた野口晴哉の視野・視点の自由さ。- 「自由自在なる宇宙人」という視野・視点。

「世界で生ききる」ということをブログのタイトルの一部に、ぼくはもりこんでいる。言葉に堅さ・硬さのようなものが残るものの、これからの時代をきりひらいていく方向性を感覚しながら、書いた言葉である。...Read On.


「世界で生ききる」ということをブログのタイトルの一部に、ぼくはもりこんでいる。

言葉に堅さ・硬さのようなものが残るものの、これからの時代をきりひらいていく方向性を感覚しながら、書いた言葉である。

とくに「生ききる」という言葉をアンテナとしている。

整体の創始者といわれる野口晴哉が「全生」ということをその思想のコアにしていることは知っていたけれど、例えば、次のような野口晴哉の言葉を、ぼくは最近見つけた。

 

溌剌と生きる者にのみ
深い眠りがある
生ききった者にだけ 安らかな死がある

野口晴哉『碧巌ところどころ』(全生社、1981年)

 

野口の焦点は、溌剌と生きること、「生ききる」こと、彼が言う「全生」ということにある。

 

…象の百年生くるも全生なら、蝉の一夏の生涯も又全生なのだ。大と小と対立させてその価値に拘泥するのは、人間的な有限感覚に基づいているに他ならぬ。人間の五十年は蚊の一夏に比して長いとは言えぬ。欅の三千年の寿命も猫の十年に等しい。全は、全だ。
 この如く、人間が人間感覚からのみ推して ものを対立させているなかに宇宙的無限感を得たものがいたなら、こう言うだろう。

野口晴哉『碧巌ところどころ』(全生社、1981年)

 

ここに見られるように、野口晴哉の視点は、多くの知の巨人たちと同じく(「巨人」という使い方自体、野口は「人間的な有限感覚」だと言い放つだろうけれど)、時間と空間の「幅」がはてしなくひろい。

野口晴哉の思想を深いところで支えているのは、この時間と空間の感覚だ。

時間は人間的な有限感覚に限らず、空間も宇宙にまでひろがっていく。

それでいながら、野口晴哉の「実践」は、この人間の身体に向けられている。

この「視野・視点の自由自在さ」が、野口晴哉の屹立する思想を支えている。

野口晴哉がもっとも魅かれてきた書、『碧巌録』を野口流に読み解きながら、野口晴哉の思想と実践は、『碧巌録』におさまりきらないように、ぼくには見える。

 

 一秒間で地球を八回めぐる光の速さで、何十億年かかる距離を容れて尚あまりある宇宙も、その宇宙に浮かぶゴミの如き地球も、その地球に生えたかびの如き人間も、その人間の眼にも見えぬ最近の類も、自然の存在であり、ある可くしてある全なる相である。宇宙の運行と等しく我らが面前にある事実、我らが裡に行われる動き、我らが一呼一呼 一挙手一投足も 自然のはたらきたらざるはない。このことを見つけ出し 身に体した人は 自由自在なる宇宙人だ。

野口晴哉『碧巌ところどころ』(全生社、1981年)

 

野口晴哉の思想と実践は、そこにはいりこめばはいりこむほどに、異なる相をぼくたちにひらいてくれる。

「生ききる」ということ、「全生」を求め、そこに生きてきた野口晴哉。

「自由自在なる宇宙人」という視野・視点のひろがりの中で、いまここの一点に集注してゆく、その自由さと型のなかに、野口晴哉の力強さはある。

ぼくがかかげる「Global Citizen」という諸相など、一気にふきとばされてしまうほどの強さだ。

でも、実を言うと「Global Citizen」の意味合いのなかには、<宇宙人>(宇宙に生きる人)としての諸相がふくまれている。

変にきこえるかもしれないけれど、ほんとうにそうかんがえながら、ぼくは野口晴哉の思想と実践に、真摯に耳を傾けている。

 

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