「火星」を起点に、現実として宇宙を視野に。- Stephen L. Petranek著『How We'll Live on Mars』。
ぼくの構想のひとつである「時間と空間の『人と社会』学/「生き方」学」(仮名)。その「空間」の座標軸は、ひとまずは「グローバルへの広がり」を視野に入れながら、しかし、その先には「宇宙空間への広がり」を見据えている。...Read On.
ぼくの構想のひとつである「時間と空間の『人と社会』学/「生き方」学」(仮名)。
その「空間」の座標軸は、ひとまずは「グローバルへの広がり」を視野に入れながら、しかし、その先には「宇宙空間への広がり」を見据えている。
「そんなに大きな話を」という声に対しては、SpaceX社のElon Muskは「火星移住計画」を着実に進めているし、2030年代前半頃の実現見通しも言われている。
「仮説」や「妄想」は、確実に「現実」に向かっている。
その「現実性」を感じさせてくれた書籍のひとつに、Stephen L. Petranek著『How We'll Live on Mars』(TED Books, 2015)がある。
『私たちはいかに火星に住むのか』。
この書名は、二重の意味において「正しい」。
第一に、どのように火星に「到達」するかではなく、「住む」のかということについて書かれていること。
第二に、「どのように」住むのか、という具体性において書かれていること。
この二重の意味が、人が火星に降り立つ日が「目前」であることを伝えている。
【Contents(目次)】
Epigraph
Introduction: The Dream
Chapter 1: Das Marsprojekt
Chapter 2: The Great Private Space Race
Chapter 3: Rockets Are Tricky
Chapter 4: Big Questions
Chapter 5: The Economics of Mars
Chapter 6: Living on Mars
Chapter 7: Making Mars in Earth’s Image
Chapter 8: The Next Gold Rush
Chapter 9: The Final Frontier
Imagining Life on Mars
「The Dream」と題されるイントロダクションは、「予測的な物語」で始まる。
A Prediction:
In the year 2027, two sleek spacecraft dubbed Raptor 1 and Raptor 2 finally make it to Mars, slipping into orbit after a gruelling 243-day voyage. As Raptor 1 descends to the sufface, an estimated 50 percent of all the people on Earth are watching the event, some on huge outdoor LCD screens…
ひとつの予測:
2027年、流線型の宇宙船Raptor 1とRaptor 2が、いよいよ火星に到達する。宇宙船は243日の旅ののちに、火星の軌道にはいっていく。Raptor 1が火星の地表に向かっておりていくところ、地球の50%にあたる人びとがこのイベントを見ている。屋外のLCD巨大スクリーンで見ている人たちもいる。…
Stephen L. Petranek著『How We'll Live on Mars』(TED Books, 2015)
(※日本語訳はブログ著者)
それは、現実に見ているような錯覚を、ぼくに与える。
映画『The Martian』(オデッセイ)の風景が、ぼくの記憶の中で重なる。
このようなイントロダクションに始まり、Stephenは、火星への有人飛行と移住が技術的に可能であることなどを、具体性の中で語る。
Stephenは、Elon Muskが移住計画の全体の妥当性について、「環境的な障害」ではなく、「基本コストの課題」として見ていることに、注意を向ける。
火星移住は、火星における空気、放射線、水などの問題・課題よりも、コストが課題だということだ。
もちろん空気や水などといった、人間の生きる条件ともなる環境要因は大切である。
しかし、この本においても、それらの問題・課題を、具体性の次元において(一般読者向けに)語っている。
火星移住のシナリオが具体性の中で語られ、最初で述べたように、いかに火星に到達するかということではなく、焦点はどのように住むのかという方向に重力をもつ。
読み終えると、火星移住が現実のものとして感じられるから不思議だ。
そして、ぼくが驚いたのは、「Chapter 8: The Next Gold Rush(次なるゴールド・ラッシュ)」という章で展開されている内容だ。
それは、火星の「その先」にあるものだ。
火星と木星の間にある小惑星帯には、鉱石資源がある。
NASAによると、その価値は「今日の地球のすべての人が1000億ドルを持っていること」と同等だろうと言われる。
資源問題という「グローバリゼーション」の行きつく現問題を(範囲はわからないけれど)解決する方途を、宇宙資源がひらいていく可能性がある。
そして、グローバル企業はすでにその「ビジネス」に参入している。
地球と小惑星帯の間に位置する火星は、この方途における「基地」のような役目を果たす可能性があるのだ。
それは先のことかもしれないけれど、実はそれほど遠くない未来の話だ。
準備は進められていて、実際の小惑星における鉱石発掘の試験などは2020年代前半頃ということも、この書は触れている。
地球という「有限の空間」、グローバリゼーションというプロジェクトの行き止まりの空間が、その先に「無限の宇宙空間」をきりひらいていくその仕方と、人と社会への影響を、ぼくは追っている。
宇宙を視野に入れることは、すでに現実問題として、ぼくたちの前に立ち現れている。
「性善説/性悪説」(利他/利己)に自分なりの「ケリ」をつけて。- 真木悠介の名著『自我の起原ー愛とエゴイズムの動物社会学』と共に生きて。
ぼくたちの日常会話において、「性善説/性悪説」の言説があらわれることがある。...Read On.
ぼくたちの日常会話において、「性善説/性悪説」の言説があらわれることがある。
ビジネスやプライベートの人間関係のあらゆる文脈において、人それぞれに異なる解釈と感覚のもとで、「性善説/性悪説」が語られる。
「性善説」は中国の孟子により説かれ、その後、荀子によって「性悪説」が説かれたという。
現代においては、もともとの「説」と解釈が脱色されて、内容としては、いわば「性善/性悪」の部分のみが語られたりする。
人は、自身の生きられる切実な経験をもとに、論理的な根拠もなく、「自分は性善説(あるいは性悪説)を信じている」などと言う。
「日常の生きられる経験」は切実だから、語る相手にどうこう言うものではなかったりする。
ぼくはそのような会話に「出口」がないままに、しかし、問題への関心だけは失うことなく、学んできた。
ぼくが、この「性善説・性悪説」という問題に、自分なりの「ケリ」をつけることができたのは、真木悠介の名著『自我の起原ー愛とエゴイズムの動物社会学』(岩波書店)を読んでからであった。
「性善/性悪」ということは、つきつめていくと、この書の副題にあるように「愛/エゴイズム」の問題にぶつかる。
言葉を変えると、「利他性/利己性」の問題である。
人間関係や社会の問題の多くも、つきつめてゆくと、ここに落ちてくる。
しかし、真木悠介の『自我の起原』は、「性善説・性悪説」に対して直截に答えるものではない。
…とりわけ明記されるべきことは、この探求が、人間の「本性」は利己的であるとか、利他的であるとかいった結論を引き出すためのものではないということだ。むしろ、現代の生物科学の進展の指し示している真にスリリングな展望は、この「利己/利他」という古来からの問題設定の地平自体を解体し、われわれの<自己>感覚の準拠をなしている「個体」という現象の、起原と存立の機制とを明るみに出してしまうということである。
真木悠介『自我の起原』(岩波書店)
真木悠介の方法論のひとつである<問題を裂開すること>を、倫理・道徳上で語られる「利己/利他」という解決できない問題に適用している。
そして、真木が指摘しているように、「現代の生物科学」の通路を通じて到達していることは、さらに明記されなければならない。
つまり、孟子や荀子が立てたような「性善説/性悪説」、あるいは人の「利他/利己」という問題の立て方自体を<裂開>すること、かつ、これまでの「倫理学・道徳などの通路」ではなく、「現代の生物科学」をつきつめてゆくことを方法としている。
この書には「世界の見方」を変えるようなポイントがいっぱいにつまっているけれど、結論的に述べるとすれば、ひとつには、人間という「個体」の利己性は絶対的なものではなく、生物のメカニズムのなかに、利己性を乗り越える契機があることである。
真木悠介は、リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」理論(ドーキンスの著作で有名になったが、生物学的にオーソドックスな理論)を徹底的につきつめていく中で、ドーキンスが到達した地点を論理的に乗り越えている。
ドーキンスは「遺伝子(生成子)レベルにおける利己性」と「個体レベルにおける利己性」を混同しているとし、「利己的な遺伝子」理論は、むしろ生物の個体レベルでの「利他性」の契機をもっている。
…つまり遺伝子の「自己複製」という論理は、個体水準の「利己性」を発現することもあるし、「利他性」を発現することもある。どちらにしても個体は「自己目的」でなく、つまり原的に「利己的」な存在ではなく、その外見上の「利己」「利他」を分岐して発現せしめる原的な動因自体は、個体にとっては他なるもの、個体というシステムの水準の外部に存在するものである。…
真木悠介『自我の起原』(岩波書店)
それから、この著書の二つ目に明記すべき結論は、世界は「誘惑の磁場」であるということ、また「カイロモン的な存在」ということ。
このことを、ドーキンスの「延長された表現型」理論から導き出している。
「延長された表現型」とは、遺伝子(生成子)の働きかける作用は、個体を超えて、他の個体を含む外界にまで及ぶということである。
ビーバーがつくるダムも、ビーバーの遺伝子の「表現型」というわけだ。
ダムなどのような環境だけでなく、他の生物の存在や行動ということもあり、他の生物の存在や行動を操作して活用する。
例えば、カッコウのヒナを育てるヨーロッパヨシキリという鳥の行動は、カッコウの遺伝子の「延長された表現型」とされる。
生成子が自分のサライである個体だけでなく、他の個体を含めた世界の全体に働きかけあっている、という認識が、「延長された表現型」という卓抜な発想の理論的核心である。生成子が他の個体に働きかける最もすぐれた方法は、働きかけられる他個体が歓びをもって、すなわち能動的な「熱意」をもって、利他行為を行ってくれるように形成することであった。…
「延長された表現型」のコンセプトの帰結は、わたしたちの身体が<他者>たちのためにもまたつくられてあるということである。
真木悠介『自我の起原』(岩波書店)
遺伝子の「延長された表現型」ということの中に、個体の「利己性」を超える契機が存在している。
この議論の末に、真木悠介は、個体が個体に働きかける究極の仕方が「誘惑」である(他者に歓びを与えること)とし、同種だけではなく異種間をもつらぬく「誘惑の磁場」というコンセプトを提示している。
人間は動植物からも「誘惑」されており、この異種間の調和のさまざまな物質や現象という「カイロモン」を生きているという意味で、「カイロモン的存在」とされる。
真木悠介の名著『自我の起原』は、1993年の発刊から24年ほどが経過し、そしてぼくがこの書を手にとってからも17年ほどが経っている。
これほどに根源的な思考につらぬかれ、論理が徹底し「完成」され、そして美しい本を、ぼくは他に見たことがない。
ぼくにとっての「性善/性悪」「利他/利己」という問題を、思ってもみなかった仕方で「ケリ」をつけてくれた書であると共に、今も読むたびに、新たな開放感と気づきをぼくに与えてくれる。
現実の社会においては個体レベルでの「利他/利己」は人間社会の重層性によってさらに複雑な経路を通って発現してくるけれど、ぼくたちの内奥に、自己を裂開してしまう構造が装塡されていることに、ぼくは開放感を得る。
真木悠介自身が小さい頃から抱えてきた「エゴイズムの問題」をぼくも悩んできて、しかし、この書が切り拓く世界に、ぼくは解き放たれる。
そして、この書が切り拓いてみせてくれたことは、ますます大切になってきているし、「次なる時代」(安定平衡的な時代)の生きることの基礎となる論理とイメージを、確実に宿しているように、ぼくは思う。
「高齢化社会・高齢社会」を掘り下げて考える。- 人の生の「時間軸」をひろげてゆく「人生100年時代」の準備のために。
これからの世界は、「時空間のひろがり」のなかで、人が描く生きる物語を書き換えてゆく。...Read On.
これからの世界は、「時空間のひろがり」のなかで、人が描く生きる物語を書き換えてゆく。
空間のひろがりは、グローバル化を原動力としながら、今後はその「深度」をふかめていく。
時間のひろがりは、「豊かな国々」においては、「人生100年時代」へと拡張していく。
「人生100年時代」においては、「高齢化社会・高齢社会」といわれている言葉と内実も、かわっていく。
英国BBCの記事「In pictures: Photographer 'in awe' of older athletes」を読みながら/見ながら、そこに「未来」を見て、そしてよくいわれる「高齢化社会・高齢社会」ということへと、ぼくの思考は引き続き、「生きる物語」の書き換えを続けている。
「高齢化社会・高齢社会」ということを、まずはみておく。
総人口にたいする、65歳以上の高齢者人口の占める割合(高齢化率)をみて、高齢化率が「一定の数値」を超えていると、これらの「カテゴリー」が適用されることになる。
●「高齢化社会」(ageing society):高齢化率が7%を超える社会
●「高齢社会」(aged society):高齢化率が14%を超える社会
●「超高齢社会」(Hyper-aged society):高齢化率が21%を超える社会
これらのカテゴリーから見ると、日本は、高齢化率が20%後半であり、現在すでに「超高齢社会」にある。
ここ香港も「高齢化」が進展し、「高齢社会」となっている。
英国BBCの記事を見ながら考えていたことのひとつは、「高齢化社会・高齢社会」の高齢化率の基準値は、現実にそぐわなくなりつつあるということだ。
さらには、「高齢化社会・高齢社会」というコンセプトと響きそのものがもつ<怖さ>のようなものだ。
ぼくたちは、日常でこのような用語を使っているけれど、その語りの<残酷さ>には気づかずに、使ってしまっている。
「高齢化社会・高齢社会」という用語が含意する「意味合い」は、よく語られるところでは下記の懸念である。
- 経済成長の鈍化への懸念
- 高齢者を支える社会への懸念
「高齢者」とは、社会学者の見田宗介がいうように、現代の社会システムの「福祉」という観点から見ると、<労働する能力のないもの>とくくられるカテゴリーだ。
「福祉」という、現代の「豊かな国々」のシステムが対象とする人びとは、労働する機会のない人びとと、労働する能力のない人びとである。後者には、傷病者心身障害者、児童と高齢者がふくまれる…。<労働する機会のないもの>と<労働する能力のないもの>という実際上の対象規定は、現代の社会のシステムの原理上の欠落を補充するものとして、完璧に論理的である。「必要」を「需要」に翻訳するパラメーターは貨幣を所有することであるが、(特別な資産を保有するのでない限り)労働する機会か能力の欠如は、この翻訳するパラメーターの欠如にほかならないからである。…
見田宗介『現代社会の理論』(岩波新書)
「労働する(生産する)」現場にいるものたちから見ると、「ふつうのこと」「対処すべきこと」として語られる「高齢化社会・高齢社会」は、「福祉」の対象となるような<労働する能力のないもの>にたいする、残酷なまなざしも、その内に宿している。
「高齢化社会・高齢社会」ということを、懸念や問題としてしまう、その社会システムの土台をいま一度、明確に理解しておく必要がある。
だから、「次にくる(時空間のひろがった)時代」は、このような「まなざし」をのりこえるようなところに構想される必要があるように思う。
BBCの記事は、あくまでも象徴的にということだけれども、このような「まなざし」をこえる地点をさししめているように、ぼくには見えたのだ。
60歳も70歳もいわゆる「高齢」ではなく、コミュニティや社会を楽しみながら活性させ、他者たちによる「支えられる」ということが犠牲の感覚のもとになされるのではない地点である。
なお、例えば「人生100年時代」という言葉にも気をつけていかなければならない。
高齢者を支えるための費用を極力抑えるための言説として、利用されてしまう可能性があるからだ。
なにはともあれ、「次にくる(時空間のひろがった)時代」は、ぼくたちの生きる物語を、根底から変えていく力を、その内にためている。
その時代とそれぞれの生の物語を、不安で迎えるのではなく、ワクワクで迎えることができるかどうかに、ぼくたちの「現在」は問われている。
年長のスポーツ選手たちとその風景に未来を視る。- BBC記事「In pictures: Photographer 'in awe' of older athletes」より。
英国BBCの記事に「In pictures: Photographer 'in awe' of older athletes」という記事が載った。...Read On.
英国BBCの記事に「In pictures: Photographer 'in awe' of older athletes」(※リンクはこちら)という記事が載った。
「In pictures」と題されるように、写真が並べられている。
Alex Rotas氏(68歳)が、写真を60歳で始め、60代を通じて撮ってきた「年長のスポーツ選手たち」の写真の一部だ。
今回は、ロンドンで行われた、年長者たちの競技会の写真が掲載されている。
写真からはAlex Rotas氏の写真にかける情熱が伝わってくる。
60歳で写真を始めた彼女は、「年長のスポーツ選手たち」の写真がないことに気づく。
インターネットの検索で「old」をかけてでてくるのは、椅子にしずみこむように座る老人たちであったという。
それから撮り始めた「年長のスポーツ選手たち」の写真からは、<深いもの>が伝わってくる。
60代から90代という年長のスポーツ選手たちは、彼女が語るように、年長者の身体たちが達成できることはにわかに信じがたいほどだ。
大会では、5歳ごとに分けられているようだ。
例えば、70歳から74歳。
記事の最初にかかげられるAngela Copson氏は、70歳から74歳の部で、1万メートル(10キロ)走で、世界新記録の「44分25秒」をうちたてている。
その他の写真では、走り幅跳び、ホーガン投げ、ハードル走などの写真が掲載され、やはり<深いもの>が伝わってくる。
その<深いもの>を、Alex Rotas氏は、涙と畏怖の念が半々だと語る。
ぼくも、これらの写真と文章をみながら、深い感動と畏怖の念を抱く。
「年長のスポーツ選手たち」の顔や身体から伝わってくる真剣さ、歓びなどが、写真の画面からあふれでている。
他方で、ぼくは「不思議な感覚」のなかになげこまれる。
その感覚を丁寧にほりおこしていくと、ぼくは「未来の世界」になげこまれていることを感じている。
今でこそ、これらの写真が「稀なもの」として掲載されているけれど、ぼくは未来ではこれが日常になるのではないかと、そしてその「日常」の風景を見ているように感じたのだ。
「人生100年時代」、あるいはそれを少し超える人生110年・120年の風景だ。
「世界」は二つの方向性において、ひろがりをつくっている。
ひとつは「グローバルという方向性」であり、もうひとつは「人生100年時代という方向性」である。
つまり、空間のひろがりであり、時間のひろがりである。
ぼくたちの生は、この「時空間のひろがり」のなかで、新たな生き方をひらき、そして新しい見方と考え方と方法を要請している。
Alex Rotas氏は、最後に、こんな風に語っている。
Everyone has a story and everyone’s story is different.…
(誰もが物語をもっていて、それらは異なっている。)
I love being a beginner.
(私はビギナーであることが大好きなんです。)
BBC「In pictures: Photographer 'in awe' of older athletes」(*左記リンク)
70歳に近い彼女は「新しいことを始める」ことに歓びを見出している。
生きることの「時空間のひろがり」のなかで、そこに、ぼくは「未来」の風景を視ている。
ニュージーランドで、「フルーツの皮を庭に投じること」にみるシンプルな自然サイクル。- フルーツをカットしながら考えること。
ここ香港で、フルーツを食べようと、ナイフでりんごやオレンジの皮をむきながら、ふと、ニュージーランドに住んでいたときのことを思い出した。...Read On.
ここ香港で、フルーツを食べようと、ナイフでりんごやオレンジの皮をむきながら、ふと、ニュージーランドに住んでいたときのことを思い出した。
ちなみに、りんごは、ニュージーランド産のものだ。
それはそれとして、1996年にニュージーランドのオークランドで暮らしていたとき、ぼくは一軒家の一室を借り、同年代のニュージーランド人6名(主に大学生)と共に、ひとつ屋根の下で生活していた。
オークランドの中心部から歩いて20分から30分くらいのところであったと記憶している。
一軒家は2階建てで、バルコニーがあり、バルコニーの前には庭があった。
同居人たちは、フルーツなどを食べるとき、その皮などを、庭に浅く掘った穴のなかに投じていた。
「自然」の土にかえすわけである。
このことは、東京の生活からニュージーランドの生活に突如変わり、ここでの生活で驚きと感動を得たことのひとつであった。
世界どこでも「自然」があるところでは普通のことであろうけれど、それまでの人生を都会ですごしてきたぼくにとって、そのような「実践」が自然に、そして普通のこととしてなされていることに、ぼくは驚きと感動を覚えたのだ。
だから、ぼくもその「ルール」にしたがって、土にかえせるものについては庭の穴に投じるようにした。
ニュージーランドでの暮らしを終えて、東京にある大学に復学し、環境学や社会学や経済学や国際関係論などをまなんでいった中で、近代社会・現代社会における「生産と消費」にかんする「明瞭な図式」に出会うことになる。
社会学者の見田宗介による名著『現代社会の理論』(岩波新書)にでてくる図式だ。
ぼくがニュージーランドにいた1996年に出版された書籍であり、今もなお、その内容はまったく古くなっていない。
現在の社会のシステムを特徴づける、大量生産も大量消費も、宇宙的真空の中で行われるわけではないから、わらわれはこのシステムを、次のように把握し直さなければならないだろう。
〔大量生産→大量消費〕…①
⇩
〔大量採取(→大量生産→大量消費)→大量廃棄〕…②
「大量生産/大量消費」のシステムとしてふつう語られているものは、一つの無限幻想の形式である。事実は、「大量採取/大量生産/大量消費/大量廃棄」という限界づけられたシステムである。
つまり生産の最初の始点と、消費の最後の末端で、この惑星とその気圏との、「自然」の資源と環境の与件に依存し、その許容する範囲に限定されてしか存立しえない。
見田宗介『現代社会の理論』(岩波新書)
「大量採取」は資源やエネルギーを採取することであり、「大量廃棄」は消費後に環境に向けて廃棄することである。
聞いてみれば「当たり前のこと」であるかもしれないけれど、多くの人は明確に理解していないだろうし、またこのように「見える化」することで明瞭になる。
そして、これら始点と末端が、いわゆる途上国などに負担が転嫁されていく。
ところが、グローバリゼーションの進展は、そこに「地球」という限界を見出すのだ。
さらに「宇宙」にということもあるけれど、当面の現実としては、「限界」にぶつかってしまう。
「リサイクル」ということは、この流れのなかで、廃棄から生産への「サイクル」をつくることを目指す。
しかし、リサイクルとして語られることの一部は、暫定的な対応にとどまり、つまり完全な「サイクル」はつくることができない。
見田宗介が描いた明瞭な図式を見ながら、「フルーツの皮を庭に投じること」ということは「自然からの採取→(生産→)消費→自然への廃棄」というサイクルをつくることの、シンプルな実践であることに気づく。
「厳密さ」を追求していくとほかにも調べたり、考えたりしなければいけないことはたくさんあるけれど、ぼくはニュージーランドで経験した「シンプルな実践」のなかに、可能性のひとつをみることができたことが、驚きと感動につながったのだと思う。
その後、例えば東ティモールの山に住んでいたときも、いわゆる「生ゴミ」は、自然の土にかえした。
しかし、都会の生活のなかでは、やはり「廃棄」で途切れてしまう。
近年は、日本では「生ゴミ処理機」などがつくられ、コンビニエンスストアで出る生ゴミ処理、家庭での生ゴミ処理に使われているという。
その実践は(詳細のことはわからないけれど)、ぼくたちに希望を与えてくれる。
フルーツの皮をナイフでむきながら、この皮を直接な仕方で「自然」にかえせないことを考えながら、ぼくはニュージーランドでの「シンプルな実践」に想いを馳せる。
都会という空間での生活の仕方が問われている。
倫理主義的ではない、よろこびと楽しさを基底とする方向に舵を切ってゆく方法を軸としながらの転回を、である。
満月の夜の<しずかな祭り>。- 「草たちの静かな祭りー「人間主義」の限界線へ」(見田宗介)という"月明かり"に照らされながら。
「月明かり」に照らされながら、そしてそのことを文章で描きながら、見田宗介の「草たちの静かな祭りー「人間主義」の限界線へ」という素敵な文章のことを思い出していた。...Read On.
「月明かり」に照らされながら、そしてそのことを文章で書きながら、見田宗介の「草たちの静かな祭りー「人間主義」の限界線へ」という素敵な文章のことを思い出していた。
この文章は、社会学者の見田宗介が1985年に新聞で連載していた論壇時評のなかの一回として書かれ、その後書籍に所収されている。
この文章の中で、雑誌編集をしていたAという人が、アメリカ・インディアンと一緒に幾年かを生きてきたKと結婚して、日本の田舎に移りすむ「記録」が取り上げられている。
その「記録」は「わが家に電気がついた日」と題されている。
…東京で生活してきたAにとっては、田舎で暮らしたいと思っていた時も、電気はあって当然に近いものだった。けれどもKは、せっかく電気が来ていない家に住めるのにという。Aも原発には反対だしと、当面は電気なしでいくことにした。案外不便は感じないし、何よりも<夜が夜らしく存在する>。
唯一めげたのは洗濯で、…結局電気は引くことにする。冷蔵庫やテレビはいらないが、洗濯機だけはおくだろう。けれどこれからも満月の夜だけは電気を消して、<闇について、この明るすぎる文明について語り合います>と書いている。
かれらは何もよびかけたりしてはいないし、自分たちの限界点を記録しているだけだけれども、この記事をよんだかれらの友人たちは、満月の夜をそれぞれの場所で、みえない全国の友人たちと呼応して<闇>を共有するという、しずかな祭りの夜としてゆくかもしれない。
見田宗介『白いお城と花咲く野原』(朝日新聞社)
「311」を契機とした原発にかんする議論はまだ思考にこだましているけれど、それよりも30年ほど前にも原発問題ということが、生きられる問題として語られ、その「出口」をさぐる人たちが無数にいたことは、これからの「出口」をさぐるうえでもヒントを与えてくれる。
この文章を読みながら、これが「現代」として読んでもまったく違和感がないほどに、問題と課題はひきつづき、人と社会の根底によこたわっている。
上の「記録」は、しかし、見田宗介がわざわざ指摘しているように、「何もよびかけたりしてはいない」。
声高なよびかけのかわりにあるのは、みずからの「生活の仕方を変える」ことと、その生活の記録の共有である。
見田宗介はさらにこう記している。
…このこと(*生活の仕方を変えること)を倫理主義的にではなく、<生活水準を楽しみながら下げてゆく>という仕方でやっている。それは失われたよろこびたちを(快楽から至福にいたるその一切のスペクトルにおいて)取り戻してゆくというかたちをとるだろう。ひとりの生が解き放たれてゆく方向と、地球生命圏がその破滅に至る軌道から解き放たれてゆく方向とが、コンパスと地軸のように合致している。
見田宗介『白いお城と花咲く野原』(朝日新聞社)
ぼくはここに語られていることに深く共鳴する。
地球環境のための「消灯キャンペーン」はその試みをぼくは否定しないし、もともとの「情熱」とそこから出てくる行動力には頭がさがる思いだ。
しかし、地球環境のために、という罪悪感と倫理主義におされながら「消灯」を実行するとすれば、ぼくはそこに居心地の悪さを感じてしまう。
そうではなく、楽しみながら消灯をすること。
そして、それは、罪悪感でも倫理主義でもなく、人の生のよろこびと共振してゆくということ。
このようなことを書くとすぐに寄せられるであろう「批判」を想定して、見田宗介は最後にこう付け足している(「想定される批判」にあらかじめ答えておくことを、見田宗介は書くことの方法のひとつとしている。)。
電力の総需要といった計算からすれば、さしあたり一兆分の一ほどの効果しかもたないだろう。けれども一兆分の一だけの自己解放をいたるところで開始すること、それらがたがいに呼応し、連合していつか地表をおおうこと、このことを基礎とすることなしにどのような浮足立った「変革」も、もうひとつの抑圧的な制度を出現させるだけだということを、二十世紀のすべての歴史の経験が書き残している。
見田宗介『白いお城と花咲く野原』(朝日新聞社)
見田宗介の「草たちの静かな祭りー「人間主義」の限界線へ」という文章に出会ってから、20年ほどが経過した。
「ひとりの生が解き放たれてゆく方向と、地球生命圏がその破滅に至る軌道から解き放たれてゆく方向」というコンパスと地軸を、ときおり確かめながら、ぼくは生きてきた。
それでも、現代あるいは都会の生活圏は、「消費社会」への居直りへという磁場(マグネティック・フィールド)を形成していて、コンパスと地軸がゆらぐ。
その磁場の中で、ここ4~5年ほどは、家では夏に「クーラー」を使わず、扇風機たちと共に暮らしている。
楽しみながらというと変だけど、ぼくの身体がよろこびながら、クーラーを使わない方向へ生活水準を落としている(それでも電気は消費しているけれど)。
そう、<夏が夏らしく存在する>。
そして、満月の夜には、AとKという幾千もの幾万もの「みえない人たち」と呼応しながら、少し電気を消しながら、満月からの月明かりに身体をさらす。
満月の夜に、人はそれぞれの場所で、みえない人たちと呼応しながら、「しずかな祭りの夜」をしずかに楽しむこと。
2017年8月8日という満月の日に、そんなことを思う。
大学進学で「専攻」を決める際に感じていた違和感ととまどい。- 真木悠介著『現代社会の存立構造』で得たヒント。
大学進学において「専攻」を決めなければいけないという、生きることの「岐路」のひとつで、ぼくは違和感を覚えていた。...Read On.
大学進学において「専攻」を決めなければいけないという、生きることの「岐路」のひとつで、ぼくは違和感ととまどいを覚えていた。
ひとつには、多くの人たちがそうであるように、やはり「将来やりたいことがつかめない」ということ。
実際の「経験」という土壌が不足していたことが原因のひとつであろうけれど、このことは、大学進学においてだけでなく、その後の人生においても幾度も立ち止まるときがやってくる問題である。
違和感ととまどいのもうひとつは、文系における専攻の選択において、「社会の科学」か「人間の哲学」か、という大きな分かれ目を前に感じるものであった。
当時、この「大きな分かれ目」で感じたのは、このどちらかに引き裂かれるような思いであった。
シンプルに言えば、前者は「将来お金になる」学問であり、後者は「将来お金にならない」学問という認識を原因とする、引き裂かれる思いであった。
社会の科学は、経済や経営、社会や法律などの、客観的にみられる法則などを学ぶ学問で、「将来ビジネスとして使える」学問である。
他方、文学やアートなどの「人間の哲学」は、大人たちの「眼」からは、「お金にならない」学問だ。
文学やアートなどの「人間の哲学」は、ぼくにとっても「生きられる問題系」であった。
しかし、ぼくという自己」は大人たちの「眼」を内側に強く引き込み、その「眼」は、ぼくに「将来お金になる」学問を強くすすめるような強い視線を、意識のなかで投げかけていた。
ぼくの解決は、この引き裂かれる思いのなかで、外国語という言語の選択であった。
それは、使い方によっては、「将来(ビジネスに)役にたつ」学問であり、他方では文学などの「人間の哲学」のための学問でもあった。
このように、ぼくのなかでは、「社会の科学」と「人間の哲学」は、二つの大きく異なる学問という認識であった。
そして、「役に立つ・役に立たない」という次元だけで語ることのできない違和感ととまどいが、ぼくのなかに残っていた。
大学に入ってのち、「社会の科学」と「人間の哲学」という二つの視点を統合するような見方(パースペクティブ)を与えてくれたのは、社会学者・真木悠介の著作『現代社会の存立構造』(1977年)という、硬質な著作であった。
真木自身が語るように、難しい議論で、誰にも読まれないような著作だから、見田宗介=真木悠介の「著作集」からは外された仕事である(2014年、大澤真幸の解題がつけられ復刻版が朝日出版社から出された)。
社会学者である見田宗介=真木悠介の著作群に出会うなかで、過去の著作を片っ端から読み返している内に、ぼくはこの『現代社会の存立構造』に出会った。
この著作の全体は、確かに一筋縄では太刀打ちできず、「格闘」が必要であったが、その「序」の部分だけでも、ぼくの「見方」を変えてしまうのに充分であった。
「社会科学へのプロレゴーメナ」と副題がつけられた「序 存立構造論の問題」において、「人間の哲学」と「社会の科学」の二つの視点の「相互疎外」、それから「問題のたて方」自体の問題ということを述べている。
まず、「社会」は、日常の意識において、対象的=客観的に、そこに確実にある「もの」のように、「私=個人」からは感覚されることが語られる。
「社会」には客観的な法則があって、「個人」は法則を理解し利用することで利益を得たりあるいは失ったりする。
ぼくたちには、日常で、このように感覚する。
しかし、この「自明性」自体を問題としながら、「近代社会諸科学」が何を問い、何を答えてきたかと、真木悠介は考察する。
出発点は「近代理性(分析理性)」である。
…分析理性こそはまさしく、近代社会における諸個人の存在形態に直接的に適合する理性の形式であるから、分析理性的な諸科学は「近代社会の自己意識」として、必然的に市民社会の支配的な社会諸科学である。
…近代社会諸科学の主題の骨格をなしているのは、対象的=客観的に存立する社会諸形象(商品・貨幣・資本・利子率・国家・官僚制・法・道徳、等々)と、その運動として成立する対象的=客観的な諸法則である。そしてこれらの法則をその「運命」または「利益」として身にこうむる主体の生の現実性は、「文学」あるいは<実存>の哲学等々の主題としてその体系から疎外される。このことは根拠のないことではない。なぜならば近代社会は、まさしく対象的=客観的な物象として存立し完徹する社会的諸形象および社会的諸法則を、現実にその構造の骨格となすからであり、個々の主体はこれをただ身にこうむりつつ、せいぜいこれを「利用」し「操作」することを試みる偶然性として、そして同時に「内面的には」自己絶対化された「私」の個別性として、したがって挫折する「実存」の悲劇性として、現実に存立するからである。
真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房)
「社会の科学」と「人間の哲学」との分裂の把握と乗り越えの方途について、真木悠介は、マルクスの仕事から取り出している。
「マルクス」という名前には、すでにそこにさまざまな「主義」や偏見や感情がぬりこめられているけれど、それらを取り除き、真木悠介は、マルクスの仕事を土台に『現代社会の存立構造』を展開している。
マルクスの仕事にも依拠しながら、「社会の科学」と「人間の哲学」との分裂という、凝固した「客体−主体」図式を、問題化する。
例えば、「国民経済学」は、私有財産がたどる物質的な過程を一般的・抽象的な公式で「法則」として語るけれど、このような「法則」がどのように私有財産の本質から形成されるかは語らない。
真木悠介は、この例をあげながら、次のように述べている。
ここでは既成体としての事実に内在し、物象化された事実を立脚点とする分析理性の方法にたいし、これらの「物質的な」諸形象・諸法則をその生成の論理において解明し把握する、弁証法的理性の方法が端的に対置されている。
真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房)
「物象化」とは、「事物・のように・なること」である。
事物と(感じられるように)なった「社会」ではなく、事物のようになる過程そのものに焦点をあてることが、方法として取り出されるわけである。
物象化された対象性としての「法則」の客観的な認識としての「社会の科学」と、疎外された主体性としての「実存」の主観的な表出としての「人間の哲学」を相互に疎外し、それぞれの内部をさらに、部分的な函数関係や部分的な意味連関へと分解する分析理性の問題のたて方(プロブレマティーク)とは逆に、弁証法的な理性は、このような双対性の地平そのものの存立の構造の問いへ、具体的には、対象的な社会諸形象の「法則的」な存立の機制、したがってまた、主体的な精神諸現象の「実存的」な存立の機制そのものを対自化する問いへ、問題機制(プロブレマティーク)そのものをまず転回する。
真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房)
ぼくが大学の「専攻」を選択するということに感じていた違和感ととまどいは、近代理性・分析理性とそれに支えられた近代社会諸科学、それから近代社会の現実に存立する仕方に、根拠をもつものであったということである。
ぼくは、あらかじめ、違和感ととまどいを感じるように仕掛けられていたともいえる。
ぼくの違和感ととまどいは、マルクスや真木悠介が正面から主題化し、その問いを「社会の存立構造」にまでひろげていった問題意識とつながっていたわけだ。
その展開は、マルクスの『資本論』であり、真木悠介の『現代社会の存立構造』という著作になる。
ここではこれ以上ふみこまないけれど、「もの」のように見える「社会」と「個人」の二元論を、端的に超える見方を最後にみておきたい。
マルクスは、人間の本質は「社会的諸関係の複合的総体(アンサンブル)」と述べている。
真木悠介は、その人間=社会把握に触れて、こう書いている。
歴史の主体=実体は、「個人」でも「社会」でもなく、「つながりあう諸個人」の「相互につくり合う」関係そのものである。ここには原子論と全体論、方法的「個人」主義と方法的「社会」主義との同位対立の地平を端的に止揚する、あるがままの事態の実相に定位する人間=社会了解の境位が示されている。
真木悠介『現代社会の存立構造』(筑摩書房)
ぼくは、見田宗介=真木悠介に出会い、勇気付けられてきた。
ぼくが感じていた違和感やとまどい、問題意識などが、「あってもよいもの」だということ、それを透明に追い求めてもよいのだということに、肩をおされる。
見田宗介=真木悠介は、『現代社会の存立構造』後も、主体ー客体、個人ー社会、そして「社会の科学」と「人間の哲学」という分裂と相互疎外をこえる視点と視野で、人と社会を論じてきた。
「現代社会」という「ハードな問題系」を書きながら、その裏にはいつも人の内部問題である「ソフトな問題系」を意識している。
逆も然りである。
そのような問題意識と方法、そして人と社会に向けられる「冷静な頭脳」と「温かい心」が、ぼく個人はもとより、人と社会の未来の道ゆきに照明を照らしてくれている。
戦争は終えることができる、争いは止めることができる。- ジョン・レノンの歌、そして東ティモールの「静かな夜」に。
戦争や争いを「なくする」という、「否定の否定」という方法は、否定にいきつく他はないことを別に書いた。だから、問題を「裂開」しなければならない。...Read on.
戦争や争いを「なくする」という、「否定の否定」という方法は、否定にいきつく他はないことを別に書いた。
だから、問題を「裂開」しなければならない。
例えば、芸人の西野亮廣は、「戦争は無くならない」という地点から出発して、「戦争は止めることはできる」ということを定め、エンターテイメントによる感動を武器とすることを見出す(西野亮廣『魔法のコンパスー道なき道の歩き方』主婦と生活社)。
戦争や争いを「減らす・減る」ということもできる。
戦争や暴力による死者ということであれば、統計数値上、減ってきていることが客観的に示されている。
歴史学者のYuval Harariは、そのことを著書『Homo Deus』で数値を示しながら指摘している。
また、Steven Pinkerは、著書『The Better Angels of Our Nature』で、主題的に取り上げている。
副題はまさに「Why Violence has Declined」(なぜ暴力は減少したのか)だ。
このことは、ぼくたちの「望み」である。
戦争を「止める」ということに戻ると、西野亮廣の『魔法のコンパス』を読みながら考えていたら、二つのことを思い起こした。
一つは、ジョン・レノンの曲だ。
ジョン・レノンの曲に、「Happy Xmas (War Is Over)」がある。
1971年にリリースされ、今でも、クリスマスの時期には必ずどこかで聞く歌だ。
ぼくの、とても好きな曲だ。
西アフリカのシエラレオネ、それから東ティモールという紛争後の社会に身をおきながら、ぼくの「心の耳」にリフレインしていた曲である。
ジョン・レノンとオノ・ヨーコが歌う後ろで、子供たちからなるコーラス隊がこんなふうに歌う。
…
war is over
if you want it
war is over
now…
John Lennon “Happy Xmas (War Is Over)”
戦争・争いは終わるよ、あなたが望めば、と。
当時ベトナム戦争に照準をあわせて歌われた歌だけれど、それは今の時代にも貫通する。
ジョン・レノンも、戦争・争いはなくすのではなく、戦争は「終える」/「止める」ことができることを伝えている。
それから、二つ目に思い起こす風景は、2006年12月の東ティモール。
2006年半ばに騒乱が起こり、首都ディリでは国内避難民が発生し、オーストラリア軍などが駐屯しながらも、争いが続いていた。
銃撃戦などの状況から日本に一時退避していたぼくも、すでに東ティモールに戻っていて、コーヒーを無事に出荷した後の時期であった。
争いや衝突が、小さい規模ながらも間断なく続いていた。
しかし、クリスマスを迎えたところで、争いが一時的に、止まったことを、ぼくは今でも覚えている。
首都ディリが、静かな夜に包まれたときであった。
東ティモールはカトリックの国で、クリスマスは大切なひととき。
人は望めば、争いの途中であっても、争いを止めることができるのだ。
人間が完全には壊れていないことに、ぼくは心の底で、安堵感を感じることができた。
戦争や争いはなくすことはできないけれど、終える・止めることはできる。
東ティモールの、あの「静かな夜」は、ぼくの心の風景に、今でも確かな感覚と共に残っている。
そして、「戦争・争いは終わるよ」という、子供たちのコーラスが、透明にこだまする。
あなたが望めば、と。
その声は、ほんとうに望むことができているだろうか、という「問い」を、ぼくに投げかけている。
「否定の否定をくりかえしても、肯定的なものに到達することはできない」(真木悠介)。- 問題自体を「問う」という転回。
「幸せな社会」あるいは「幸せな人生」という未来の立て方は、その「幸福・幸せ」の定義にもよってくるが、ぼくは一歩引いて考えるようにしている。...Read On.
「幸せな社会」あるいは「幸せな人生」という未来の立て方は、その「幸福・幸せ」の定義にもよってくるが、ぼくは一歩引いて考えるようにしている。
ユバル・ハラリが著書『Homo Deus』の中で挙げる、人類のこれからの三大プロジェクトのひとつは「至福」(happiness, bliss)である。
「至福への工学的アプローチ」が進められる中で、幸福・幸せの定義も、一般的な捉えられ方は今後は変わってくるかもしれない。
そのことは一旦保留したままで、しかし、「不幸をなくする」という仕方にたいして、ぼくはしっくりこないものをもってきた。
「幸せ」ということを立てることは、その反対の「不幸」から出発し、それを「なくする」という思考になりやすい。
さまざまな文化の神話に通底している、Joseph Campbellが言うところの「Hero’s Journey」という物語は、幸せだけを物語としていない。
同様に、ぼくたちの生きる道ゆきも、幸せだけで彩られているわけではない。
社会学者の真木悠介は、名著『自我の起原』にたいする質疑応答のなかで、次のような応答を書いている。
不幸とか苦痛をなくすことが問題なら、…世界にたいして不感症になってしまえば、不幸もなく苦痛もない。それよりも人は、苦痛も大きいが歓喜も大きい生の方を選ぶ。人は退屈な幸福よりは絢爛たる不幸をさえ選ぶ。人が結局<自由な社会>を選ぶというのも、こういうことと関わっているように思う。…
真木悠介「竃の中の火ー『自我の起原』補註」『思想』1994年8月号、岩波書店
ぼくも、そう思う。
しかし、世の中では、苦痛をなくすとか、心配をなくすとか、不幸をなくすとかの言葉が、例えば本のタイトルなどでうたわれたりする。
真木悠介は、「エゴイズムの相剋」などに触れて、このような「思考の方法」を転回することを、ぼくたちに提示している。
…今ある不幸の否定の延長線上に未来を構想する、という思考の方法を転回しなければならない。
…「不幸をなくする」「相剋を解決する」というこれまでの社会構想の欠点がよく分かる。消去法で考えてはいけない。否定的なものから出発する限り、どこまでその否定の否定をくりかえしても、肯定的なものに到達することはできない。問題を裂開すること。
真木悠介「竃の中の火ー『自我の起原』補註」『思想』1994年8月号、岩波書店
「否定の否定」はどこまでも「否定」であること。
だから、問題を裂開すること。
言い方を変えれば、問題自体を「問う」ということでもある。
真木悠介はこの転回を方法とし、徹底的に問いを問うなかで、「自我」や「時間」などの問題を裂開し、肯定性へ到達してきたことは、一連の仕事のなかで見られる。
ここでは歴史の事例を持ち出し、ここでは「社会構想」という文脈で語られているけれど、真木悠介の思考の深度は常に「人と社会」を貫くものである。
ぼくは、このような透徹した方法(「問題を裂開すること」)を、いつもうまくいくわけではないけれど、問題の解決を考えるときの、道具のひとつとしてきた。
ぼくたちは、日々、問題に直面する。
そんなとき、ぼくは、立ち止まって、一歩引いて考えたい。
個人や組織の「未来の立て方」が、否定の否定という「否定の連鎖」に陥らないように。
香港で、「自転車シェアリング」用の自転車を目にして。- 「無限の試みの時代」のなかで。
香港で、早朝のエクササイズをしていて、「自転車シェアリング」用の自転車を目にする。...Read On.
香港で、早朝のエクササイズをしていて、「自転車シェアリング」用の自転車を目にする。
香港の英字紙「South China Morning Post」(SCMP)に掲載されたニュースの見出しで、「自転車シェアリング」アプリがスタートしたことは知っていたけれど、実際に自転車を目にするのは初めてのことであった。
緑色で、遠くからでも目につく。
なぜこんな場所に自転車が駐められているのだろうと思ってみたら、「自転車シェアリング」の自転車であった。
その名は「GoBee Bike」。
Beeのごとく、蜂が自転車をこいでいるロゴマークとURLが見える。
前出のSCMPのニュース(2017年4月24日の記事)は、2017年4月にスタートしたばかりの「GoBee Bike」は、トラブルの多い・がたつく(bumpy)スタートをきったことを伝えていた。
ひとつはシェアリング用の自転車7台が壊れて見つかったこと、それからアプリのセキュリティ上の問題であった。
そんなスタートをきりながらも、ぼくの住んでいるところの近くでも目にするようになってきた。
「GoBee Bike」は、香港に拠点を置く。
会社の「ビジョン」は二つある。
- 「Last mile transportation (最後の距離の交通機関)」の必要性を解決すること
- 都市生活者のために、健康的なライフスタイルと緑の環境を促進すること
サービスを使うには、アプリをダウンロードして、デポジット(HK$399、日本円で約5,800円)を支払う。
いつでも、どこにでも駐めることのできる自転車は、アプリ上で見つけることができる。
自転車は、ソーラーパワーによるGPS smart lockが搭載されているとのことだ。
自転車はQRコードを使って開錠できるようになっている。
使用料金は、今のところ、30分につきHK$5(日本円で約70円)だ。
世界各地で「自転車シェアリング」サービスはスタートしているけれど、それが香港でみられるのは、よいことだと思う。
SCMPのニュースが取り上げるように問題は多いはずだ。
最初の時点で、回避しなければならない問題もある。
でも、何よりも、ビジョンをかかげ、そこに向かって、確実に行動を起こしていく。
目に見える形で香港の日常にはいりこみ、物理的にであれ心理的にであれ、「変化」を感じさせていく。
都市化が進み、健康や環境が顕在化してきている中で、「変化」を社会に投じる。
問題・課題を議論する前に、なにはともあれ、それは素晴らしいことだと、ぼくは思う。
問題・課題は、走りながら、あるいは蜂のように飛びながら、修正を加えていけばよい。
ときには、やりなおしたっていい。
ぼくたちは、今、「無限の試みの時代」にいる。
未来を構想・イメージし、そこに何度も問いや試みをなげかけて、やりとりしながら、道をひらいていくのだ。
それにしても、利用者はなんであんな場所に自転車を駐めたのだろう、駐めるような場所ではないのに。
「last mile transportation」のニーズが、そこにはあるのだろうか。
緑色の自転車が並ぶのを見ながら、ぼくはそんなことを思う。
困った相手が気になってしょうがないときに。- 真木悠介・鳥山敏子著『創られながら創ること』で、「鳥山敏子の気づき」に気づきを得る。
教師であり、後に「賢治の学校」を創設した、今は亡き鳥山敏子は、社会学者・真木悠介との対談の中で、「困った子供」との関係の経験を共有している。...Read On.
教師であり、後に「賢治の学校」を創設した、今は亡き鳥山敏子は、社会学者・真木悠介との対談の中で、「困った子供」との関係の経験を共有している。
「困った子供」は、万引きなどを繰り返す子供だ。
鳥山敏子は、この「困った子供」が夢中になれるような「授業」をつくることを企図する。
これまでの授業をこわし、新しい授業をつくる。
鳥山敏子が手にいれた方法のひとつは、「ものをつくりながら考える授業」であった。
彼女は、「社会科の授業を創る会」の実践から着想を得ていく。
「産業革命」を学ぶことにおいて、教科書的に学ぶのではなく、例えば機織りを実際にすること(機織り機の仕組みを考え、実際に機織り機をつくり、布を織る)を通じて学んでいく。
「人間の歴史」を学ぶことでは、実際に米をつくりながら、土や虫や肥料や水や気象、道具、稲刈り・脱穀・精米、生産力、濃厚、用水路などを考える。
それは、身体をつかって具体的に考えるという方法だ。
対談の文章からも、授業をつくっていく過程の鮮烈さが、伝わってくる。
…で、これがすごくおもしろかったわけ。授業はもう発見の連続で、おもしろくておもしろくてたまらないわけ。…つくったり、やってみたり、なってみるなかで、それなりにからだが感じたり考えたりしていることがあるでしょ。どの子もさ、実際にものをつくると、どのからだもその過程でいっぱい考えるんだよね。…
真木悠介・鳥山敏子『創られながら創ること』(太郎次郎社、1993年)
自分の考えを述べることが苦手な子供たちも、元気を得て、いきいきとしてくる。
そして、そのうちに、そのような子供たちも、「ことばだけの思考」(抽象的な思考)も楽しむようになる。
ぼくが学校に通っていた時期(1980年代)は、鳥山敏子が苦悩を乗り越えていた時期と重なる。
子供たちの「身体」が崩れてきていた時代だ。
ぼくは、鳥山敏子と真木悠介の対談を読みながら、また関連する書籍を読みながら、自分の子供時代をふりかえる。
ぼくにとっての「方法」は、大学時代に海外に出ていくことであった。
アジアを旅するなかで、ニュージランドで歩くなかで、ぼくは「身体」を取り戻しながら、「身体」で具体的に考えていった。
それが、後年「抽象的に考えること」を楽しむ土台にもなったのだと、ぼくは考える。
さて、鳥山敏子は、「ものをつくりながら考える授業」を展開するプロセスのなかで、次のような出来事に出会う。
そうやって夢中になって授業にとりくんでいたとき、はっと気がついたら、あの女の子が私の横でいっしょになって鉄を溶かすことにとりくんでいたのね。私が、この子困ったな、どうしようかな、と思っているときはさ、ぜんぜん関係がつくれなかったのに、すっかりそんなこと忘れて授業づくりに夢中になってたらさ、ふっと気がついたらその子が私のとなりにいて、一生懸命やっていた…。
真木悠介・鳥山敏子『創られながら創ること』太郎次郎社
あの「困った子」が、すーっと、(先生ではなく)人間としての鳥山敏子との距離をちぢめる瞬間だ。
鳥山敏子は、この経験から、こんな「気づき」を見つける。
…ああ、なんだ、人間っていうのは、気になって気になってしょうがないときってのはうまくいかないもんなんだなっていうかね。自分の世界があって、自分も楽しんでやっているときに、相手にも相手の世界をつくる余裕っていうか、安心して自分自身でいられる時間がもてて、おたがいがふっといっしょに歩めるっていうか、そんなもんだったんだなっていうふうに思ったの。…
真木悠介・鳥山敏子『創られながら創ること』太郎次郎社
ぼくは、この出来事に流れる「物語」と、そのエッセンスがとても好きだ。
それは、「自分の世界があって、自分も楽しんでやっているときに、相手にも相手の世界をつくる余裕…がもてて、おたがいがふっといっしょに歩める」という経験を、ぼくの心身で感じてきたからである。
学校だけでなく、仕事場でもそうであるし、家族もそうだったりする。
自分が生きられていないと、相手がふっといっしょに歩む余裕とリズムが持てない。
そんな「自分が生きられていないなかで、相手が気になって気になってしょうがない」ということを、ぼくは、いくどもいくどもしてきてしまったのだ。
インスピレーションに充ちた対談の終わりのところで、真木悠介は、鳥山敏子の「やっていることはなにか」と考え、語っている。
世間的な分類での「教育」や「授業」にそぐわないこと、「授業」からはみ出している部分があることを語りながら、そのような「できごとを、どういうことばで表したらいいか」を、鳥山敏子に尋ねる。
鳥山敏子は、こう応えている。
…なんか、さっきの真木さんが言っていた、ことばになっていくというか。…ことばとして言うとしたらね。創造することは、超えられながら超えることだって。
真木悠介・鳥山敏子『創られながら創ること』太郎次郎社
真木悠介が、対談のなかで、フランスの思想家であるバタイユの思想からひきだした「創られながら創ること」という創造の本質を語るとき、鳥山敏子は「あ、毎日、やっていることだな」と思ったという。
「自分の個性を表現する」という狭い創造ではなく、「創られながら」という、<自分>が壊れていく解体の契機を生きながら、ほんとうに創造していくことができる。
それは、映画監督・黒澤明の「作るっていうか、生まれるんですね」という言葉と、呼応している。
黒澤明も、作る過程で、この「創られながら」という、自分自身が創られるという深い体験をしていたはずである。
この体験は、バタイユや黒澤が語るような芸術作品に限らず、鳥山敏子が語るように「毎日のこと」として、生きていくことができる。
そして、<創られながら創ること>という、(解体されながら)「生まれる」という体験のうちに、ぼくたちの<感動>ということの本質もあると、ぼくは思う。
「世界は…情熱を投げいれることによってしか、意味をなげかえしてくれない」(鶴見俊輔)。- 「価値の無意味性」を超える仕方。
哲学者の鶴見俊輔は、かつて、「結局のところ世界は、自分が自分の情熱を投げいれること(行動)によってしか、意味をながかえしてくれない」と語った。...Read On.
哲学者の鶴見俊輔は、かつて、「結局のところ世界は、自分が自分の情熱を投げいれること(行動)によってしか、意味をながかえしてくれない」と語った(鶴見俊輔・久野収『現代日本の思想』岩波新書)。
鶴見俊輔の中から、しぼりだされてきたような言葉である。
鶴見俊輔がこう語るとき、念頭にあるのは、「戦後派」という1919年から1933年生まれの者(日本人)たちが体験した、「価値の無意味性」である。
…戦後派はもっとも深く敗戦の影響をうけている。それまで深く信じていたもろもろの価値が、あっという間に色あせ、何でもないしらじらしい理念になってしまうのを体験した。心の底のほうで、あらゆる価値の無意味性を信じている。両親も、兄弟も、天皇も、国家も、恋愛も、教養も、金も、神も。…
鶴見俊輔・久野収『現代日本の思想』岩波新書
このような圧倒的な無意味性を感覚させる「現実」ではないけれど、ぼくも、その片鱗を、世界の紛争地域で感覚してきた。
2002年、ぼくは、長年の紛争が終結したばかりの西アフリカのシエラレオネに降り立ち、難民支援と帰還民支援に奔走する。
電気がないから、ろうそくを灯して、夜中まで仕事を続けるような日々のなかに、ふと、空洞が生まれる。
そんなときに、「価値の無意味性」の深淵をのぞく。
2006年、東ティモールの騒乱で、銃弾がとびかう音を耳にし、日常生活が停止してしまったようななかに、ふと、同じような空洞が訪れる。
一時退避した日本で、ぼくは、この「価値の無意味性」の深淵を前に、生きることの物語を、なんとか支えようとする。
そして「東ティモールの騒乱を乗り越えて輸出されるコーヒー」という物語を一生懸命に紡ぎながら、コーヒーの輸出に向けて、奔走する。
日本における戦争の焼け野原という仕方ではないけれど、ぼくは、そんな深淵に、投げこまれることになった。
「現実」ではなくても、すぐれた小説や映像は、その深淵とそこからの帰還という旅路を、疑似体験させてくれる。
トム・ハンクス主演の映画『プライベート・ライアン』は、このような「価値の無意味性」の只中に置かれながら、その中に「1人の兵士の救出」という情熱を投げいれることの物語である。
井伏鱒二は、著書『黒い雨』のなかで、登場人物に、語らせる。
…今までして来たことが飯事であったように思われて、今までの自分の生活も玩具の生活であったような気がした。…
井伏鱒二『黒い雨』新潮文庫
今の現代社会は、このような生死を分ける体験を紛争という日常で生きざるをえない人たちと、また他方で対極に「虚構の現実」を生きている人たちを見ている。
「虚構の現実」に生きる人たちが、往々にして取る方法は、「どうせ何もかも飯事だから」という「投げやり」だ。
「情熱を追う」や「好きなことを追う」という方向性を見ながら、しかし、情熱も好きなことも、「投げやり」の延長線上に描かれてしまう。
『黒い雨』の登場人物は、「どうせ何もかも飯事だ」という地点から、「投げやり」にいくのではなく、生きるということの本質をみつける。
「飯事」という価値の無意味性の地点から、「どうせ何もかも飯事だ。だからこそ、却って熱意を籠めなくちゃいかんのだ」という情熱への反転を、生き方として得ていく。
鶴見俊輔も、あらゆる価値の無意味性を信じる「戦後派」が、体験の深さから得た、生きることの本質へと転回する仕方を語っている。
それが、冒頭の文章だ。
…心の底のほうで、あらゆる価値の無意味性を信じている。両親も、兄弟も、天皇も、国家も、恋愛も、教養も、金も、神も。結局のところ世界は、自分が自分の情熱を投げいれること(行動)によってしか、意味をなげかえしてくれない。かくて情熱のたえざる燃焼、熱烈な行動のつみかさねが必要となる。
鶴見俊輔・久野収『現代日本の思想』岩波新書
鶴見俊輔は、「情熱を投げいれること」を、深いところで、方法として取り出している。
無意味性が「投げやり」をつくるとは必ずしも言えない。
無意味性という「井戸の底」から、逆に、生きることの彩りを感覚し、見ることができるかどうかである。
生きることの彩りは、一色ではない。
苦悩から歓喜まで、何色にも彩色された、あるいは彩色することのできる、ひとつの<夢>である。
健康を考えながら、「塩」が気になったこと。- ぼくたちの内なる「海の水」。
ここのところ、健康を見直していくなかで、「塩」が気になっている。...Read On.
ここのところ、健康を見直していくなかで、「塩」が気になっている。
現代人の「体温低下」の原因として「塩分摂取の極端な制限」を挙げながら、医師の石原結實は、こんなことを書いている。
…すべての生命の源は、約30億年前に海水中に誕生したアメーバ様の単細胞生物である。約3億年前のデボン紀に、一部の脊椎動物が陸に上がってきたが、そのまま上陸すると干からびてしまう。よって、海水と同じものを体内に携えて上がってきた。それが血液である。
文字どおり、「血潮」なのである。血液や羊水の浸透圧と海水の浸透圧は酷似しているとされているし、鼻水も涙も塩辛い。我々人間の60兆個の細胞は、今でも血液という海の中に浮いて生活しているのである。
石原結實『お腹を温めれば病気にならない』(廣済堂出版)
さらに、石原は、「塩」を意味するラテン語「Sal」を取り上げている。
ラテン語「Sal」から、さまざまな「大切な言葉」が生まれてきたことに、目をつけている。
例えば、こんな感じだ。
●ラテン語の「Salus(健康、安全など)」:塩が一番おいしく健康に良かったから。
●「Salad(サラダ)」:生野菜に塩をかけたことから。
●「Salary(給料)」:古代ローマ時代の兵士の給料の一部は塩で支払われた(※いくつかの説がある)
語源はいろいろな気づきをもたらしてくれる。
気になったのは、塩や給料が大切だということだけではなく、そこに「人間と社会の歴史と未来」のことが語られているように、感じたからである。
もちろん、それが、ぼく自身の生においても、大切であることは言うまでもない。
「塩」というものは、それ自体、ぼくたちの人間の身体と、人間の社会のなかで、なくてはならないものであり続けてきた。
しかし、「塩」は、この二千年紀の人間社会の発展のなかで、例えば「Salary」(給料としてのお金)という、人間が共同幻想する「貨幣」へとつながってきたわけだ。
「塩」は、派生形態のひとつとして、それ自体で価値のあるものから、紙切れである「紙幣」などへと変遷しー「自然」から離陸することでー、人間社会の発展を無限にきりひらいてきた。
無限にひらかれたと思われた、その人間社会が、今、いろいろな壁にぶつかっている。
人間は、貨幣経済や都市化などを軸に発展をしてきたなかで、いつしか、生命の源であった「海の水」を汚し、人間の「血潮」(血液)を汚してきた。
「塩」そのものは、過剰摂取がさまざまな病気を引き起こすとも言われる存在になっている(石原は、極端な制限は体温低下を招くと警鐘している)。
とても唐突だけれど、そのような状況のなかで、「塩」が、人間と人間社会の転回のキーであるように、感じたのだ。
D.H.ロレンスの最後の著書『アポカリプス』は、ロレンスによるラディカルな文明批判と未来のビジョンの書である。
2001年9月11日の事件に際し、社会学者・見田宗介は、この書物を思い起こしていた。
見田宗介は、人間社会の「未解決の課題」である、「関係の絶対性」(人間の良心や思想に関係なく、軍事力や貨幣経済を媒介に客観として存立してしまう敵対的関係)を乗り越える方途のイメージを、ロレンスのこの書物に見たという。
…D・H・ロレンスが、関係の絶対性の思考に対置して依拠するヴィジョンは、一見思い切りとうとつであり、なんの説得力もないもののようにみえるものです。
ロレンスが、その死の床で力をしぼるようにして書き記したという最終章は、書きなぐるように飛躍する文体で、ぼくたちは太陽系の一部である。地球の生命の一部分であり、ぼくたちの血管を流れているのは海の水である。というようなことが語られている。
いきなりこういうことをいわれても、納得する人はいないと思います。けれどもわたしは自分自身としては、このロレンスが言おうとしたことに、深く納得しました。
見田宗介『社会学入門』(岩波新書)
この文章を読み、ロレンスの『アポカリプス』を読みながら、ぼくも「感覚」として納得していたけれども、ぼくの目の前に広がる「海」、ぼくの内なる「海の水」(血潮)、それから「塩」が、論理として、より明確に見え始めてきた。
冒頭の文章とラテン語「Sal」は、その明確さに、言葉を別の角度から与えてくれたのだ。
人間も人間社会も、その発展の末に、「海の水」を汚し続けてしまった。
また、「海の水」からはるかな果てに離陸し、干からびてきてしまっている。
だからといって反近代のような地点に戻るのではなく、「発展」の恩恵とポジティブなエッセンスを取り出し、無数の課題を超えながら、未来を見据えていく地点に入っていくことだ。
そのときに、「塩」は、それ自体においても、また象徴やメタファーのようなものとしても、鍵となるものであると、ぼくは感じている。
だから、ロレンスにならって、ぼくも自分に言い聞かせる。
ぼくたちの血管を流れているのは海の水である、と。
人類の目指すべき「三代目」の社会と生き方(見田宗介)。- 「二代目の現代」、キングコング西野、香港の社会。
社会学者・見田宗介は、「三代目」という生き方、という面白い言い方で、未来の社会と生き方を構想している。...Read On.
社会学者・見田宗介は、「三代目」という生き方、という面白い言い方で、未来の社会と生き方を構想している。
未来構想を共有する上では、共有しやすい言葉やイメージが一定の役割を果たす。
「三代目」という生き方、「三代目」という社会は、イメージをつかむためにも、面白い言い方である。
もちろん、面白いだけでなく、そこに展開される論は、抜け目がない。
『二千年紀の社会と思想』(太田出版)における見田宗介と大澤真幸の対談で示されたポイントを、ここではいくつかまとめておきたい。
まずは、一般的に言われる、一代目から三代目の描写は、次の通りである。
1)「商売」における一代目・二代目・三代目
●一代目:猛烈に稼いで豊かな財産を築き上げる
●二代目:一代目の苦労を知り、豊かであっても、さらに稼いでお店を大きくする
●三代目:辛苦を知らず、文化や趣味に生きて散財してしまう
見田宗介は、「売家と唐様で書く三代目」という、古い日本の川柳を取り上げて、説明している。
この川柳は、三代目は、散財のあげく、一代目が手にいれた家屋敷を売りに出さざるをえなくなり、「売家」という張り紙の字を唐様で書いたということ。
つまり、「ダメな・ネガティブなイメージの三代目」である。
商売もせず、アートや遊びに明け暮れるという、ネガティブなイメージで語られてきたことは、ぼくたちのー少なくとも、ぼくのー「イメージ」にはすりこまれている。
2)「三代目」というイメージのラディカルな反転
「三代目」というイメージのラディカルな反転をすることの必要性、またこの「三代目の社会」こそが人類の目指すべき社会だと、見田宗介は語っている。
ラディカルな反転は、次のポイントで述べられている。
●「三代目の生き方」が人間にとっての究極の幸福であること。つまり、お金を稼いだり権力をもつことではなく、文化や自然を楽しみ、友情や愛情を深めることを、人間は本来求めていること。
●「三代目の生き方」は、資源浪費も環境破壊もしない、共存する安定平衡的な生き方であること。
「売家と唐様で書く三代目」がつくられた時代の日本は「ゆたかな社会」ではなかったことに対して、今は物質的な豊かさを獲得した時代である。
「三代目」を、ラディカルに反転させていくことができる条件が、すでに存在している時代に、ぼくたちは生きている。
なお、「社会という視点」でみたとき、一代目と二代目の社会は、次のように語られている。
●一代目の社会:貧困のなかで生まれ育ち、貧しい社会に条件づけられた欲望をもつ(できるだけ多くの財産と物質的な豊かさを望む)価値観
●二代目の社会:豊かになっても、まだ成長、成長という価値観
「現代」は、「二代目の社会」(二代目末期の社会)であると、見田宗介は述べている。
(※日本のような社会を念頭に置いて話していると思われる。)
問題は、二代目の「価値観の遅滞」ともいうべきものだという。
社会学の理論には、文化は社会構造から遅れる(「文化の遅滞」)というものがあり、見田はこれを「価値観」に転用している。
…いまは、二代目末期の社会という感じがするのです。成長神話から抜け出せない根本的な理由は、欲望のpersistence(粘着力)とシステムの硬直性との双方から来る「価値観の遅滞」value lagということにあると思います。
見田宗介・大澤真幸『二千年紀の社会と思想』(太田出版)
3)「価値観の遅滞」と「先端(三代目)の価値観」との攻防
今は、見田のいう「価値観の遅滞」と、いわゆる「先端(三代目)の価値観」とが衝突を起こしながら、社会と生き方のダイナミクスを生み出しているように、ぼくには見える。
「仕事になるまで遊べ」と、芸人であり絵本作家のキングコング西野が書くとき、それは「三代目の価値観」に生きている。
そのキングコング西野は、子供のころから決めていたこととして「世間の人はどうでもいい」とNewsPicksのインタビューで語っている。
世間ではなく「友達」を大事にしてきたこと。
西野は、見田が言うような、まさに「アート、友情と愛情」に生きてきたわけだ。
「価値観の遅滞」に生きる人たちから見れば、そのような生き方はあってはならないし、信じられない。
ところで、クラウドファンディングでの創造的な企画である西野の新刊は、『革命のファンファーレ』と題されている。
それは、見田宗介が言う、三代目の社会へ移行していく「可能なる革命」、また別著での「名づけられない革命」などと、呼応しているように、ぼくには見える。
「革命」という言葉は、「価値観の遅滞」をきりひらく人たちに向けて、蒔かれている。
そして、「革命」は、これまでの歴史上の(抑圧的な)革命とはまったく異なるような、それ自体が「アート、友情と愛情」をいっぱいにつめこまれた魅力的な方法である。
人類は、「三代目」社会と生き方に、どのように向かっていくことができるのか。
「価値観の遅滞」だけでなく、「システムの硬直性」という大きな課題が、現代社会にはたちはだかっている。
そんな「三代目」の社会と生き方のことを考え書いている、ここ香港は、中国への返還から二十年をむかえた。
ぼくは、その20年の内、半分の10年をここで暮らしてきた。
この10年は、「二代目」をかけぬける10年であったと、ぼくは考える。
経済成長を一気に果たしてきたのだ。
それに追随するように、人や社会の新しい動向、法律の施行・改定などが、現象してきた。
香港の経済社会は、経済格差が激しいことなどから一概には言えないけれど、その先端において見る限り、「二代目末期」に入ってきているように、ぼくは感じている。
「歓喜と欲望は、必要よりも、本原的なものである」(見田宗介)。- 「必要・ニーズ」論の有限性を超える着地の仕方。
社会学者・見田宗介は、名著『現代社会の理論』(岩波新書、1996年)で、「現代社会」(情報化/消費化社会)をのりこえていく方向性と着地点を、「人間」(人間の生きることの歓び)への原的なまなざしで、提示している。...Read On.
社会学者・見田宗介は、名著『現代社会の理論』(岩波新書、1996年)で、「現代社会」(情報化/消費化社会)をのりこえていく方向性と着地点を、「人間」(人間の生きることの歓び)への原的なまなざしで、提示している。
そのことを、シンプルに語る言葉が、タイトルに付した一文である。
「歓喜と欲望は、必要よりも、本原的なものである。」(見田宗介、前掲書)
この一文は、とてもシンプルだけれど、こめられている意味と論と熱意と願いは果てしなく深い。
(「論」としての、この一文にたどりつくまでには、見田宗介の生涯がかけられてきている。)
ぼくたち個人が、この生を生きていく上でも、コンパスとなるような言葉である。
そして、人間社会が「現代社会」をのりこえ、未来に着地する着地点(したがって、未来をつくる現在の実践の仕方)を、ぼくたちに示してくれている。
3点にしぼって、ポイントをまとめておきたい。
- 「ほんとうに大切なもの」を意識的にとりだす
- 「必要・ニーズ」理論を相対化する
- 「必要」という有限性を、「歓喜と欲望」という無限性で超える
1)「ほんとうに大切なもの」を意識的にとりだす
「ほんとうに大切なもの」は、ぼくたちの生のなかで、意外と、語られたり理論の軸となることはない。
現代社会では、功利主義的な(「何かのために」という)思考、つまり手段・方法に、焦点があてられてきた。
そのことの「弊害」は、理論上、三つあると、ぼくは思う。
● 手段・方法が「目的化」されてしまうこと(上位の「目的」を忘れてしまうこと)
● そもそも手段・方法を要請した「目的」が、語る人たちの間で異なっていること(実は求める「目的」が異なっていること)
● 手段・方法を要請した「目的」が、わからないこと(上位の「目的」がわからないこと)
だから、「ほんとうに大切なもの」を正面から語ることは、やはり大切である。
見田宗介は、美しい文章で、正面から書ききっている。
…生きることが一切の価値の基礎として疑われることがないのは、つまり「必要」ということが、原的な第一義として設定されて疑われることがないのは、一般に生きるということが、どんな生でも、最も単純な歓びの源泉であるからである。語られず、意識されるということさえなくても、ただ友だちといっしょに笑うこと、好きな異性といっしょにいること、子供たちの顔をみること、朝の大気の中を歩くこと、陽光や風に身体をさらすこと、こういう単純なエクスタシーの微粒子たちの中に、どんな生活水準の生も、生でないものの内には見出すことのできない歓びを感受しているからである。…
どんな不幸な人間も、どんな幸福を味わいつくした人間も、なお一般には生きることへの欲望を失うことがないのは、生きていることの基底倍音のごとき歓びの生地を失っていないからである。あるいはその期待を失っていないからである。歓喜と欲望は、必要よりも、本原的なものである。
見田宗介『現代社会の理論』(岩波新書、1996年)
この文章に続けて、見田宗介が述べているとおり、「必要・ニーズ」は、「功利のカテゴリー」である。功利・効用である「必要・ニーズ」は、歓喜と欲望のためである。
2)「必要・ニーズ」理論を相対化する
途上国の国際支援・協力を学びながら、また現場で実際に携わりながら、この「必要・ニーズ」ということが、理論と実践の中心に位置していることを、ぼくは感じてきた。
「必要・ニーズ」としては、食料、衣料、住居、上下水道、医薬品、教育施設などが、通常挙げられる。
国際支援・協力の現場では、これらは、とても大切である。
圧倒的な「必要の欠如」の現場では、「何のために」と深く考えている余裕もないことは確かだ。
大切でありながら、しかし、経済理論、開発経済論などは、「必要主義」的な発想にとらわれすぎていることを、ぼくは感じ続けてきた。
ぼくは、この「必要主義的な発想」に、どこかで違和感を持ち続けてきた。
そんな折に、見田宗介のこの一文に助けられたのだ。
食料や衣料や住居や水などの「必要」を満たしていくことが、人の生死をわけへだてるほどに大切であることを、ぼくは経験上知ってはいるけれど、それでもなお、見田宗介の言う、「必要」にも先立つ<人間の生きることの歓び>を正面から意識しておくことが肝要である。
そのような人間理解と「人へのまなざし」は、ぼくたちの言葉や行動にあらわれてくる。
そして、モノがあふれかえる現代社会の「先進国・地域」では、企業は「必要」を延々と産出しまた創出し、消費者は延々と消費する。
その生産と消費の歪んだ形と内実が、環境を壊し、資源を枯渇に向けて使い続け、また人もその内部に多くの問題を抱えるという状況を、つくりだしている。
3)「必要」という有限性を、「歓喜と欲望」という無限性で超える
『現代社会の理論』は、「情報化・消費化社会の現在と未来」と副題がついている。
現代社会を、情報化と消費化から読み解いている。
現代社会(の「ゆたかな社会」)は、それまでの「必要」を(戦争によって)つくらなければならなかった社会を、「情報」により欲望を無限につくりだすこと(自己充足的なシステムの完成)によって、乗り越えてきた。
ぼくたちは、「必要」以上に、欲望にしたがい消費を繰り返している。
例えば、ぼくたちは服を、必要以上に購入し、消費している。
こうして、社会や企業の「成長」が達成されていく。
しかし、そこに、環境と資源という「有限性」がたちはだかってきたのだ。
この有限性に対して、「歓喜と欲望」という<人間の生きることの歓び>は、「必要・ニーズ」に先立つものであり、無限にひらかれている空間である。
この「歓喜と欲望」という地平に社会を着地させていくことを、見田宗介は構想している。
歓喜と欲望は、「消費」ということを徹底的につきつめていったコンセプト(<消費>=生の充溢と歓喜の直接的な享受の位相における<消費>)でもある。
そして、人や社会の欲望を、禁欲や禁圧ではなく、「欲望」によってのりこえる、ということである(「欲望は欲望によってしか越えられない」)。
作家・批評家の加藤典洋は、『現代社会の理論』の革新性を読み取っている。
そして、環境・資源への警鐘を鳴らしてきたスーザン・ジョージなどの著者たちが、著書『成長の限界』で記した「持続可能な社会」の考え方を、「欲望」を軸に、書き換えている。
もともとは、このように書かれている。
持続可能な社会とは「将来の世代が、そのニーズを満たすための能力を損なうことなく、現世代のニーズを満たす」社会である。
加藤典洋は、これに対し、こう書き換えた。
「将来の世代が、そのニーズを満たすための能力を損なうことなく、現世代の欲望をみたす」ことをめざす社会である。
加藤典洋『人類が永遠に続くのではないとしたら』新潮社
ぼくたちは、個としての生き方においても、これからのビジネスということにおいても、またコミュニティや社会ということにおいても、「歓喜と欲望」の方に着地していく仕方で構想し、今を生きていくことができる。
「欲望は欲望によってしか越えられない」(見田宗介)。- 生き方の「道具箱」におさめる言葉。
ぼくは、20年ほど前のメモに、こう記している。見田宗介「欲望は欲望によってしか越えられない」。前後の脈力もなく、この一文を、手書きで、書き付けている。...Read On.
ぼくは、20年ほど前のメモに、こう記している。
見田宗介「欲望は欲望によってしか越えられない」
前後の脈力もなく、この一文を、手書きで、書き付けている。
当時なぜこの一文に惹かれたかは定かではないけれど、「欲望を禁欲する」仕方に、息苦しさのようなものを感じていたからだと、ぼくは思う。
ただし、人が自身の人生を生きていくときにも、組織が組織文化をかたちづくっていくときにも、あるいはひとつの社会がその社会を構想していくときにも、この認識は、きわめて、大切である。
人生においても、組織文化においても、そして社会構想においても、二つの方向性がある。
これら二つの方向性は、行動様式の「基底的な認識」を、次のように異にしている。
- 「欲望は欲望によってしか越えられない」
- 「欲望は禁欲によってしか越えられない(抑えることができない)」
もちろん、実際の社会的な生活のなかでは、ぼくたちは「禁欲」しなければならないことを、さまざまにもっている。
組織や社会では、ルール・規則は必要だ。
しかし、このような「生活の表層」でなく、ぼくたちは、生きることの<基層>ともいうべき地層にまで降りていく。
社会学者の見田宗介は、「欲望」という問題系に対して、きわめて意識的に、取り組んできている。
彼の修士論文をベースとする大著『価値意識の理論』(弘文堂、1966年)は、副題を「欲望と道徳の社会学」としている。
社会的人間の理論における、これら二つ(欲望と道徳)の問題系は、次のように、方法として、分けられている。
- 欲望の問題系:人間の行動の「動機」ないし「欲求」、また行動の「目的」や「生き甲斐」
- 道徳の問題系:「ほんとうの善」とはなにか、「ほんとうの幸福」とはなにか
これらの問題系が、後年、見田宗介が展開する理論や分析の<基層>として、一連の著作に通底してくることになる。
『価値意識の理論』から30年後の1996年に出版された『現代社会の理論』(岩波新書)では、「欲望は欲望によってしか越えられない」という視点が、「歴史的な出来事の分析」と「未来の構想」の二つに向けられている。
第一に、「歴史的な出来事の分析」として、「冷戦の勝利」ということを見ている。
「冷戦の勝利」について、理論的・思想的に寛容なことは、勝利は軍事力の優位による勝利ではなく、「自由世界」における<情報と消費の水準と魅力性>であったことであると、見田は言う。
第二に、「未来の構想」として、われわれは「情報を禁圧するような社会、消費を禁圧するような社会」に魅力は感じず、「情報と消費」のコンセプトを原的に考察し、そこから未来をきりひらくことを、提案している。
また、社会の視点だけでなく、「個」という視点においても、見田宗介は別の著作(『自我の起原』岩波書店)で、エゴイズムが禁欲ではなく、個に装填されている「欲望」によってひらかれることを、生物社会学・動物社会学の地平から解き明かしている。
生活の表層における禁欲はさておき、ぼくたちは、じぶんが生きていくなかで、二つのアプローチをとることができる。
欲望を欲望によって超えるか、禁欲によって超えるか。
「それはセルフィッシュだ(自己中心的だ)」というときに語られる「欲望」は、ときに、「貧しい欲望」であったりする。
そのような欲望は、「ほんとうの歓び」ではなく、一時的な欲求充足である。
中途半端な「自己中」なのだ。
「ほんとうの歓び」は、「セルフィッシュ」を、原的に、そして徹底的に突き詰めていく先にひらかれるものだと、思っている。
「ほんとうの歓び」は、自分一人だけでは、手にすることができない。
これからの人の生き方の規範も、これからの組織も、これからの社会も、見田宗介の一文が、鍵の一つだと、ぼくは思う。
ただし、現代社会では欲望は表層的に、またネガティブに捉えられがちである。
欲望の言葉の周りには、さまざまな「禁欲」「禁圧」の言葉が、道徳的に語られている。
それでも、表層の言葉と現象を透明につきぬけていく芽となるように、ぼくはその<基層>に、言葉の種をまきたい。
「欲望は欲望によってしか越えられない」
「ゲームのルールと法則」だけでなく、「ゲーム盤」を気にしてきたこと。- 「前提」を疑い、根源的に考えること。
ぼくたちは「ゲームのルールと法則」を学ぶ。そして、ゲームをプレイし、出来事を日々つくりだし、一喜一憂する。でも、ここでは「ゲーム」のことではなく、「ゲーム盤」のことを書こうと思う。人間社会という「ゲーム盤」のことである。...Read On.
ぼくたちは「ゲームのルールと法則」を学ぶ。
そして、ゲームをプレイし、出来事を日々つくりだし、一喜一憂する。
でも、ここでは「ゲーム」のことではなく、「ゲーム盤」のことを書こうと思う。
人間社会という「ゲーム盤」のことである。
1) 「ゲーム」:「社会の科学」として学ぶ
ここでは、イメージとして、次の言葉を次のように考える。
「ゲーム」とは、社会、企業、ビジネス、キャリアなどのこと。
「ゲームのルールと法則」は、経済、金融、経営、法律、道徳・倫理などのことを、ここでは指す。
これらを、「社会の科学」として、ぼくたちは学ぶ。
他方、ゲームをプレイする人たちの心情などは、文学や哲学などとして現れ、ぼくたちは「人間の哲学」として、そのような世界に触れる。
これらの「ルールと法則」を学ぶことは、ゲームをプレイする上では、とても大切だ。
ゲームで「勝つこと」は、経済力を上げ、社会的なステータスを上げる。
社会も、世間も、学校も、両親も、(幸福な例外をのぞいて)「勝つこと」に向けたプログラムをつくり、助言を投げかけてくる。
「人間の哲学」などやっても仕事に就けないから、大学では経済学部や商学部など、「社会の科学」を学べと、「親身になって」言葉を投げかける。
(※今は「文系」ではなく「理系」へ、ということがいろいろと言われている。)
ぼく自身のことで言えば、大学で学ぶことを選ぶ際に「中国語学科」を選んだ。
中国語は、シンプルに分解すると「中国のこと+中国の言語」である。
シンプル化すると、「社会の科学」(中国の経済社会など)と「人間の哲学」(中国文学)である。
ぼくは単純に「外国語」を学びたいと思っていたところ、中国の経済発展を見るなかで「周り」が中国を勧め、ぼくは中国語を選択した。
それは今思うと、「社会の科学」と「人間の哲学」のどちらかを選択することの拒否だったのかもしれない。
その後、「社会の科学」と「人間の哲学」という分裂(と統合)に対する、もどかしい気持ちとモヤモヤ感は、社会学者・真木悠介の『現代社会の存立構造』を読んでいて、霧が晴れた。
(※このことについては、別途、書きたい。)
2) 「ゲーム盤」が気になって仕方がなかった
「ゲームのルールと法則」を学ぶことは、面白いし、役に立つ。
しかし、ぼくは「ゲーム盤」自体が、気になって仕方がなかった。
ゲーム、そのルールや法則だけでなく、ゲームを成り立たせている「前提」自体が気になったのだ。
「ゲームのルールと法則」をよく学んで、社会に出て、ゲームに勝っていけばよいというふうには、ぼくの場合ならなかった。
ぼくが「ゲーム盤」自体が気になって仕方なかったことの理由のひとつは、この「ゲーム盤」の上での「生きにくさ」であった。
ぼくの小さい頃から10代を生きてきたなかでの「息苦しさ」のようなものが、大学時代の「旅」後に、時代の「根源的な問い」を問う知性たちとの出会いのなかで、少しづつだけれど解き放たれてきた。
大学時代のアジアやニュージーランドへの「旅」で、例えば、ぼくは「これまでの遊びの貧しさ」のようなものを感じ、旅後に考えてきた。
(※「遊びの貧しさ」は、「遊び」といって出てくるのが、遊園地や映画やカラオケといった「すでに在る」ものだけであるということ。「在る」については下記。)
ぼくに「助言を与えてくれた知性」は、詩人の寺山修司、人類学者のレヴィー・ストロース、哲学者・社会評論家のイヴァン・イリッチであった。
「本来『家』とは『在る』ものではなく、『成る』ものです」(『家出のすすめ』角川文庫)と、寺山修司は言う。
この「在ると成る」という言葉を手がかりに、レヴィー・ストロースのいう「ゲームと構造」の箇所をぼくは読む。
…科学と同じく、ゲームは構造から出来事を作り出す。したがって競技が現在の工業社会において盛んであることは理解できる。それに対して、儀礼と神話は、出来事の集合を…分解したり組み立てなおしたりし、交互に目的となり手段となるような構造的配列を作り出そうとするのである。
レヴィー・ストロース『野生の思考』みすず書房
ぼくたちは、「在る」ところの場、言い換えれば用意されている「ゲーム盤」の上で、ゲームをし、出来事を作り出していく。
イヴァン・イリッチは、1970年の著書『脱学校の社会』で、制度という視点から、きりこんでいる。
…学校は、その構造がいくつかの段階を進級するような儀礼的ゲームとなっている…。…学校が人々に教育するもの、すなわち人々の血の中に入り、習慣となるものは、ほかならぬゲームそのものなのである。制度による世話を受けることの「終わりのない消費という神話」を社会のすべての人々が信じ込まされていく。
イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』東京創元社
堀江貴文が著書『すべての教育は「洗脳」である』で展開している論点の一部は、すでに1960年代から1970年代に語られはじめていたことである。
この本が注目されたのは、堀江貴文の存在と共に、他方で、ようやく「大衆」が、信じ込んできたものに疑問を感じざるをえなくなったからである。
ちなみに、堀江貴文は、ゲームのプレイに長けていながら、「ゲーム盤」を取り変え、新たにつくっていく者である。
そして、更に付け加えれば、「遊び」をつくりだしていく者である。
ぼくが、日本の都会に住みながら感じていた「遊びの貧しさ」のようなものから自由であるのが、堀江貴文だ。
3)「ゲーム盤」が取って変わる時代への過渡期
「ゲーム盤」が取って変わる時代の過渡期に、ぼくが置かれてきたことも、ゲーム盤に惹かれた理由のひとつであった。
時代の背景としては、「ゲーム盤」自体が持続可能性をなくしつつあることだ(地球の環境や資源の問題、人びとの「内面」の問題など)。
そして、新たな「ゲーム盤」がつくられつつあること(IT技術のひらく可能性など)を、断片として、感じてきたからである。
そのような、社会と人の限界と、限界の先に開かれる可能性が、ぼくに「根源的な問い」を考えさせてきたのだ。
「社会の科学」としては、国や社会の「成長・発展」とは何か、「お金」とは何だろうか、資本主義とは何かなどの根源的な問いをぼくにつきつけてきた。
「人間の哲学」としては、ほんとうの幸せとは何だろうか、歓びをもって生きるにはどうしたらよいか、などという根源的な問いが、次々とやってくる。
そして、そんなときに、世界のさまざまな知性たちに、ぼくは助けられてきた。
「ゲーム盤」という言葉をここでは使っているけれど、最初から「ゲーム盤の全体像」が見えていたわけではない。
ゲーム盤の上で、「ゲーム」をプレイして出来事をつくりだしながら、しかし、「根源的な問い」に導かれながら「ゲーム盤」の全体像が結晶してきた。
もちろん、完全に「ゲーム盤の全体像」が見えているわけではないけれど、この20年の歳月のなかで、全体像はよりくっきりと、ぼくの前に見えている。
社会学者・見田宗介は、社会の構造変化と価値観の変化の間に「time lag」があることを語っている(見田宗介・大澤真幸『二千年紀の社会と思想』太田出版)。
社会の価値観の変化は、社会構造の変化に「遅れて」やってくる。
すでに現代という過渡期は、過渡期であるがゆえに、「価値観を変えてきている人」と「価値観が変わっていない人」に分かれている。
このような価値観の変化の「遅れ」がないように、社会を見据えておくこと。
そして、価値観の変化以前に、社会の構造そのもの(ゲーム盤)をつくるプロセスに「主体的」にかかわっていくこと。
そこに、ぼくの「ライフワーク」のひとつはある。
Facebookの「ミッション」変更で、考えたこと。- 個人、組織、コミュニティ・社会・世界。
Facebookのマーク・ザッカーバーグは、会社の「Our mission(ミッション)」を変更することを、2017年6月22日に発表した。...Read On.
Facebookのマーク・ザッカーバーグは、会社の「Our mission(ミッション)」を変更することを、2017年6月22日に発表した。
新しいミッションは、次の通りである。
● “Bring the World Closer Together”
(ミッション全文:give people the power to build community and bring the world closer together)
変更前のミッションは「making the world more open and connected」。
「オープンでつながりのある世界」の実現から、(コミュニティー構築の力を与えることで)「より密接な世界」の実現へと舵を切った。
新しいミッションの内容、そこにこめられたビジョン、社会構想、組織でのリーダーシップ、発表のタイミングなど、とても考えさせられることの多い発表であった。
いくつかのことを、書いておきたい。
1) 個人
ザッカーバーグは、これまでのスピーチで、「Why(なぜ)」や「Purpose(目的)」の重要性を、幾度となく語ってきた。
2015年には、中国本土の大学で、ビジネスや問題解決の方法(how)ではなく、目的(why)をもつことの大切さを伝えた。
また、最近は、ハーバード大学でのスピーチでも、「purpose(目的)」について触れている。
そこでは、「個人の目的を見つけること」の話ではなく、一歩、メッセージを進めている。
ハーバード大学で、ザッカーバーグは、次のように語った。
…Instead, I’m here to tell you finding your purpose isn’t not enough. The challenge for our generation is creating a world where everyone has a sense of purpose.
“Mark Zuckerberg’s Commencement address at Harvard”, HARVARD gazette
「個人の目的を見つけることでは十分ではない」と、彼は語る。
「われわれの世代にとっての挑戦は、皆が目的感をもてるような世界をつくること」だとメッセージを伝える。
彼は、例として、故ケネディ大統領がNASAに訪れたときのことを挙げる。
ケネディ大統領は、ほうきをもっている管理人を見て、彼のところに歩み、そして、「何をしているのですか?」と尋ねる。
管理人は、大統領に向かって、こう応えた。
「大統領、私は、月に人をおくる手助けをしているのです。」
ザッカーバーグにとって「purpose(目的)」とは、彼が述べるように、「われわれが自分たちよりも大きな何かの一部であることの感覚」である。
今回のミッション変更は、ザッカーバーグが考えてきた、「個人の目的」また「皆が目的感をもてるような世界」の延長線上に位置している。
2) 組織
個人レベルだけでなく、会社という組織レベルにおいても、いろいろと考えさせられ、学ばせられる。
ミッションを大切にすることはもちろんのこと、組織をリードしていくセンスに感銘を受ける。
ここでは、とりわけ二つだけ挙げておく。
ひとつは、問題・課題の解決の「方向性」を、ミッション変更で変えていることである。
Facebookはここのところ、さまざまな問題・課題に直面してきた。
その困難さの深度は、ザッカーバーグ自身の語りからも、見てとれる。
それら問題・課題は、新しいミッションに照射されることで、解決の「方向性」を変えていくと、ぼくは考える。
新しいミッションは、Facebookで働く者たちの「視界・視点」を、一段も二段も引き上げる。
会社のミッションという、「未来の姿」を変えることで、問題・課題の解決の方向性を変えていくのである。
現在置かれている組織の発展段階において、このタイミングで変更をかけてきたことに、彼のリーダーシップがある。
それから、二つ目に、COOのシェリル・サンドバーグのことである。
シェリル・サンドバーグは、最愛の夫を亡くし、その「闇」から文字通り這い上がってきたところだ。
その出来事とプロセスは、アダム・グラントとの共著『Option B: Facing Adversity, Building Resilience, and Finding Joy』になった。
今はこの本が出版されて間もなく、シェリル・サンドバーグも、これから新たな人生の入り口に立っているところである。
そのタイミングでの「新しいミッション」は、彼女の新たな人生に、追い風を与えるものであるはずだ。
友人として、仕事場でのCEO/COOというパートナーとして、ザッカーバーグは、このタイミングを、熟慮していたはずである。
3) コミュニティ、社会、世界
ミッションは、さしあたり「会社のミッション」である。
しかし、「Our mission」とザッカーバーグが言うとき、「Our」は、世界の人びとたちにも向けられている。
だから、彼は、今回の発表スピーチで、こう付け加えている。
「ミッションは、ただ単なるステートメントではありません。それは、微妙な(nuanced)哲学であり、世界への希望なのです。」
Facebookのミッションには、個人、組織、コミュニティ、社会、そして世界と、それら「全体」が視野におさめられ、言葉に凝縮されている。
「コミュニティ」の視点から、「世界」につなげている。
ザッカーバーグは、新しいミッションに変えた理由として、「社会はいまだに分裂している」ことを挙げている。
ぼくは、社会学者・大澤真幸が言う、「グローバリゼーションとユニバーサリゼーション」のことを思い起こす。
大澤真幸は、著書『逆説の民主主義』(角川oneテーマ21)のなかで、これら二つを区別して考えている。
そして、それら二つの間が、いわば分裂し、大きな問題となってきていることを指摘している。
(大澤は、見田宗介・大澤真幸『二千年紀の社会と思想』(太田出版)で、このことを語っている。)
「グローバリゼーション」は、主に経済的現象として、誰の目にも明らかに進んできた。
これに対し、全世界的な「文化的枠組み」や「価値的枠組み」が確立しておらず、このユニバーサリゼーションが遅れている。
20世紀は「国家」の枠組みが「文化や価値など」の枠と重なっていたが、グローバリゼーションの進展とともに国家の枠組みが相対的に弱くなるなかで、文化や価値などの枠組みが不安定になっているのだ。
この「不安定な欠如」に、Facebookは、枠組みをつくりだしていくアクターのひとつとして機能している。
国家などの伝統的な「権力」が弱体化してきていることは、Moises Naim著『The End of Power』が一冊を投じて論じている。
この著書を、ザッカーバーグが、自身のブッククラブで、最初の課題本として取り上げたことは、ある意味象徴的な行動である。
ぼくたちは、既存の権力構造のなかではなく、コミュニティーから社会、社会から世界を貫く「縦糸と横糸の関係」の網の目のなかで、「ユニバーサリゼーション」を進展させている。
Facebookの新しいミッションは、そのシンプルさのなかに、このような「縦糸と横糸の関係」の全体を内包し、未来に向けて放たれている。
ただのミッション・ステートメントではなく、ザッカーバーグが語るように、そこには「世界への希望」を託している。
ただし、それは、トップダウンではなく、数えきれないほどの「コミュニティ」のそれぞれの思いと行動が、結果として密接につながっていくような「ユニバーサリゼーション」の道ゆきである。
ザッカーバーグは、言葉をまく。
“Change starts local…”
変化はローカルに始まる、と。
Facebookは、これまで、世界で「家族や友人」を中心に、最初のミッション通り、つながり(コネクション)をつくってきた。
今回、新しいミッションにより、「個人・家族・友人のつながり」から「コミュニティー」へと視点を明確に上げて、世界をそこへとリードしている。
そして、「コミュニティー」から、次の段階へと押し上げていく「未来の流れ」を、すでに見晴るかしている。
ザッカーバーグは、Facebookをはじめたときのように、地球のさまざまな問題・課題解決へと向かう「ユニバーサルな世界」を、そこに見ていると、ぼくは思う。
「ユートピア・天国・極楽」という幻想に仮託された世界の可能性。- ルトガー・ブレグマン、ユバル・ハラリ、見田宗介に共通する視野・視点。
「ユートピア・天国・極楽」といったイメージや幻想に仮託されてきた世界の可能性を考える。...Read On.
「ユートピア・天国・極楽」といったイメージや幻想に仮託されてきた世界の可能性を考える。
歴史という射程距離の長い視野で、人間と社会の未来を真摯に考え構想する、ルトガー・ブレグマン、ユバル・ハラリ、見田宗介に触発される。
1)ユートピア・天国・極楽に仮託された世界の可能性
オランダの思想家・歴史家であるルトガー・ブレグマン(Rutger Bregman)の著作『Utopia for Realists』(邦訳「隷属なき道」文藝春秋)を読んでいる。
邦訳の副題は「AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働」と題されているが、英語版は「How We Can Build The Ideal World」であり、硬質な理論・思想を展開している。
そもそも、この著作を手にとった理由は、(ぼくが読み飛ばしてしまっていた)社会学者・見田宗介の文章であった。
近代・現代の後にくる時代、「永続する安定平衡の高原(プラトー)」としての社会を見晴るかしながら、見田宗介は、このように書いている。
幾千年の民衆が希求してきた幸福の究極の像としての「天国」や「極楽」は、未来のための現在ではなく、永続する現在の享受であった。天国に経済成長はない。「天国」や「極楽」という幻想が実現することはない。天国や極楽という幻想に仮託して人びとの無意識が希求してきた、永続する現在の生の輝きを享受するという高原が、実現する。…
見田宗介「現代社会はどこに向かうか(二〇一五版)」『現代思想』2015, Vol.43-19
「天国」や「極楽」という幻想の実現はないけれど、そこに「仮託された・希求された世界」は可能であること。
オランダの29歳の思想家・歴史家は、同じように、「Utopia」(ユートピア)の幻想と思想に仮託されてきた世界の実現を描く。
ルトガーが「ユートピア」という言葉に託すのは、ブループリント的な世界ではなく、開かれた世界である。
彼は、「よい場所」(good place)であり「どこでもない場所」(no place)と書いている。
「想像力を喚起・触発するような代替的な地平(horizons)」が必要なのだと。
「地平」は複数形で、開かれた世界である。
(Rutger Bregman『Utopia for Realists』Little, Brown and Company)
歴史家ユバル・ノア・ハラリは、天国や極楽やユートピアとは直接的に言っていないけれど、人類が克服してきた3つのこと(飢饉・飢え、ペスト、戦争)が管理可能な世界は、昔の人びとにとってみれば、ユートピア・天国・極楽のような世界である。
そして、ユバル・ハラリは、著書『Homo Deus』で、人類の未来の企てとして「Deus(神)になる」ことを挙げている。
天国・極楽・ユートピアは、「神」がつくる世界である。
それらの共同幻想として希求されてきた世界は、「可能な世界」として、現代の真摯な智者たちに、現れている。
2) 未来の構想
ユバル・ハラリも、ルトガーも、そして見田宗介も、科学に依拠しながら、(これまで科学が重点を置いてきた)「未来の予測」ではなく、「未来の構想」に照準をあわせている。
ユバル・ハラリは、「歴史を学ぶこと」の目的を、次のように書いている。
…科学はただ単に未来を予測するだけのものではない。すべての分野の学者たちは、しばしば、われわれの地平(horizons)をひろくすること、そうすることでわれわれの前に新しい未知の未来が開かれることを希求する。これは歴史について特に言えることだ。歴史を学ぶことは、結局のところ、われわれが通常考えない可能性に気づくことを目的としている。歴史学者は、過去を、繰り返すために学ぶのではなく、過去から解き放たれるために学ぶのだ。
Yuval Noah Harari 『Homo Deus』(HarperCollins, 2016)
(邦訳はブログ筆者)
ユバル・ハラリの視野は、著書『Sapiens』(サピエンス全史)に見られるように、その射程は果てしなく広い。
ルトガーも、歴史に刻まれてきたユートピア思想を丹念に読み解くところから、未来の「現実的なユートピア」を描いている。
見田宗介も、ヤスパースの「軸の時代」という、紀元前に思想や哲学や宗教が花開いた時代の転回点として、現代と未来を見据えている。
近代・現代という世界を、歴史という視野・視点をとりいれることで相対化し、それを踏み台にして「未来を構想」している。
3)ぼくたちの生きている「現代」
見田宗介は、人びとが天国や極楽という幻想に希求してきた「永続する現在の生の輝きを享受するという高原」は可能としながらも、そこには「幾層もの現実的な課題の克服」が必要であることに触れている。
…この新しい戰慄と畏怖と苦悩と歓喜に充ちた困難な過渡期の転回を共に生きる経験が「現代」である。
見田宗介「現代社会はどこに向かうか(二〇一五版)」『現代思想』2015, Vol.43-19
こう見てくると、ぼくたちの生きている「現代」とは、人の歴史における、とても大きな転回点であることがわかる。
経済において、例えば、景気がよいとか悪いとか、それだけに回収されない情況に、時代に、ぼくたちは生きている。
産業構造の転換だけに回収されない情況に、時代に、ぼくたちは生きている。
幾千年もの間、人びとが希求してきた世界の実現への「過渡期」に、ぼくたちは生きている。
これから人と社会は、見田宗介が書くように、「新しい戰慄と畏怖と苦悩と歓喜に充ちた困難な」時期を加速させていくだろう。
人工知能も、IoTも、ベーシックインカムも、ビットコインも、ポケモンも、Facebookも、この「過渡期」における現実的な課題の克服のための、幾多もの「試み」の氷山である。
これまで「あたりまえ」だと思っていたことが、この幾多もの「試み」のなかで、まったく違ったものになっていくだろう。
働き方が変わり、学び方も変わり、遊び方も変わり、そして生き方も変わっていく。
これまでの人類が経験もしたことのないような仕方で。
この「現代という過渡期」の「戰慄と畏怖」のなかで、予測ではなく、未来の構想に向けて、雨粒のひとつのような文章を、ぼくは紡いでいる。
この<雨粒>のひとつは、他の雨粒たちとともに、この<地球>においてふりそそぐことで、ふりつづけることで、人と社会という<地層>を次第に固めていくことになるとよいと、ぼくは思う。
「メタ合理性」(見田宗介)の視界。- 「未来構想のキーワード」を道具箱に集める。
これまでの歴史に見られないほどの、時代の激しい変遷のなかで、「未来」は「予測するもの」としておかれがちである。...Read On.
これまでの歴史に見られないほどの、時代の激しい変遷のなかで、「未来」は、「予測するもの」としておかれがちである。
人工知能(AI)、IoT、VR、ベーシックインカムなど、この変遷を駆動するキーワードには事欠かない。
それはそれで大切なことであるし、ぼくも「定点観測」で、いろいろな事象をおっている。
予測は難しくても、数々の叡智たちをまねて、「今のなかに未来を視る」ことを心がける。
しかし、それと同時に大切なことは、「未来(の社会)を構想すること」である。
歴史や社会は、予測の対象という客観的な対象として現象するものでありながら、われわれが主体的に創っていく(少なくとも主体的に影響を与える)ものでもある。
ただし、構想する対象としての「未来」の感覚のされ方も、変遷してきた。
社会学者・見田宗介は、2006年にヒットした映画『ALWAYSー三丁目の夕日』に触れて、次のように書いている。
一九五八年という、高度経済成長始動期の東京を舞台としている…この映画のほとんどキャッチコピーのように流布した標語は、
「人びとが未来を信じていた時代」
というものであった。「未来を信じる」ということが、過去形で語られている。一九五八年と、二〇〇六年という五〇年くらいの間に、日本人の「心のあり方」に、見えにくいけれども巨大な転回があった。
見田宗介「現代社会はどこに向かうか」『定本 見田宗介著作集 I』岩波書店
映画のキャッチコピーのように「すばらしい未来」を信じていた時代から、「不確実性の未来」に(意識的にも無意識的にも)不安を覚える時代に突入していると、ぼくは感じている。
この「不安」を駆動力として、未来を「予測」し、「生き延びるため」の準備をととのえたい欲求が発動される。
「構想」は、それとは違うベクトルで、未来を肯定性のなかにおく。
だから、人間の歴史で類を見ない変化のなかにおかれながら、「キャッチコピー」はこのように転回される。
「人びとが未来を構想する時代」。
「未来の社会学」を展開する社会学者・見田宗介が、この今の時代に要請される(べき)理由のひとつは、ここにある。
そして、ぼくたちは、「未来構想のキーワード」を見田宗介の理論と文章から取り出すことができる。
そのようなキーワードのひとつとして挙げておきたいのが、「メタ合理性」ということである。
見田宗介は、この言葉自体を主題化しているわけではないが、「近代のあとの時代」を考察するなかで、このことを書いている。
*合理性の二つの水準。合理性の限界を知る合理性。
合理性から非合理性へ、という仕方で前近代に戻るのではなく、合理性の限界を知る合理性=メタ合理性へ。具体的に内容をいえば、生の全域、社会の全域を支配する原則としての「合理化」ではなく、たとえば自由と自由との間を調整し、人間と自然との共生を豊饒に味わい深いものとして生成し持続するための叡智のようなものとして、合理性それ自体の限界を知る<方法としての合理性>として、<自由な社会>の道具箱の中にそれは生きつづけるだろう。
見田宗介「近代の矛盾の「解凍」」『定本 見田宗介著作集 VI』岩波書店
「近代社会の原理」は、「合理化」ということである。
合理化は、社会の組織などの全域、また生の全領域を、生産主義的に「手段化」していく力である。
見田宗介は、一九五八年から二〇〇六年の間のおよそ「五十年」に見られた「心のあり方」の変化を、「日本人の意識調査」(NHK放送文化研究所)にみている。
調査項目の「信じているもの」に関する、1973年と2003年調査の比較において、「奇跡」「易や占い」「お守りやお札の力」「あの世、来世」を信じるものが増大している(例えば、「あの世、来世」は、5%から15%へ増大)。
社会学者マックス・ウェーバー(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』)が、かつて、近代社会の原理である「合理化」は「脱魔術化、魔術からの解放」であることを指摘していたことに言及し、見田宗介は「合理化=脱魔術化」という方向の変曲点の経過を、ここに読み取っている。
しかし、だから変曲点からの方向性として前近代に戻るのではなく、いわば「メタ合理性=合理性の限界を知る合理性」という方向性を、見田宗介は提示している。
「メタ合理性」。
ぼくたちは、このキーワードを、未来を構想するための「道具箱」に入れておくことができる。
追伸:
映画『ALWAYSー三丁目の夕日』は、香港のDVD店でも、手に入ります。
日本の外(アジア)でも、それなりによく観られた映画でしょうか。
経済成長を遂げてきているアジアの国々では、違った観方(過去形ではなく現在形での観方)がされていると、ぼくは思います。