身体性

生過程の原形と変容。- 三木成夫が採用する「ゲーテの形態学」の方法論。 by Jun Nakajima

ここのところ「植物」に惹かれている。ぼく自身の生活において、「フレキシタリアン(flexitarian)」、つまり準菜食主義者となったことも、どこかで関連しているのかもしれないし、生きることの全体性において「動く」ということだけでなく「静」というあり方をとりこもうとしてきたことも、どこかでつながっているかもしれない。

Read More

生きづらさの<身体的>感覚。- 「じぶんの変容」への舵きり。 by Jun Nakajima

「生きづらさ」ということは、ぼく自身の「生の探究」ともいうべきものの原点でもある。日本社会のなかで感じてきた「生きづらさ」をバネにしながら、1994年から開始する<旅>を起点にして、<ほんとうに歓びに充ちた生>の方向性へ舵をきってきた、というのが、これまでのぼくの生のダイジェスト(一行ダイジェスト)である。

Read More

子どもたちはさまざまな仕方で「語りかける」。- <人類誕生のドラマ>を重ねる三木成夫。 by Jun Nakajima

子どもたちと接することはそれだけで歓びでもあるけれど、学びと気づきの場でもある。兄弟姉妹や友人の子どもたちと接しながら、ぼくは学ばされ、気づかされる。子どもたちはぼくの「先生」でもある。

Read More

深海の底の「記憶」。- 高校サッカー選手権の映像で「記憶」が立ち上がる。 by Jun Nakajima

「記憶」ということをかんがえる。ぼくは小さいころの記憶があまりない。とは言っても、どのくらい記憶があれば「ある」と言えるのかぼくはよくわからないのだけれど、いろいろなひとたちが小さいころのことを語るのを聞いていると、それに相当する記憶を、ぼくは憶い出すことができない。

Read More

「お互いに活かし合おうというところに人間の起原がある」(見田宗介)。- 共生の時代の「足場」のひとつとして。 by Jun Nakajima

大澤真幸・見田宗介『<わたし>と<みんな>の社会学』(左右社、2017年)の「まえがき」で、大澤真幸(社会学者)は、大学に入学した年(1977年)に(その後の師となる)見田宗介先生との出会いを通じて「学んだこと」を書いている。

Read More

香港の天気予報・警報「通知」が届けられるなかで。- 便利さと喪われた感覚のはざま。 by Jun Nakajima

ここ香港の4月は「こんなに暑かっただろうか」と、これまでの10年以上にわたる香港経験の記憶アーカイブを検索してしまうほどに暑い日が続いている。今日は一休みといった感じで曇り空がひろがり、午後から雷が鳴ったり、雨が香港の大地にふりそそいだ。

Read More

人生の5分の2以上を「海外」で暮らしてきて感覚すること。- 身体にきざまれる<日常の風景>。 by Jun Nakajima

ニュージーランド、シエラレオネ、東ティモール、それから、ここ香港。日本の外(「海外」)で暮らしてきた時間がつみかさなり、あわせて17年ほどになる。つまり、人生の5分の2ほどの時間を、海外ですごしてきたことになる。

Read More

「脳と心」、心身論のこと。- 「唯脳論」(養老孟司)の立場からの、シンプルで、きわめてスリリングな見方。 by Jun Nakajima

ここのところ、養老孟司の二つの著作、それら著作の「あいだ」に20年ほどの時間が介している二つの著作、『唯脳論』(ちくま学芸文庫、1998年)と『遺言。』(新潮新書、2017年)を導きとしながら、「意識と感覚(の段差)」、「脳の世界」の浸潤としてみる歴史、「不死」ということについてブログに書いた。

Read More

「不死」のテーマをおいつづけて。- 養老孟司の「不死へのあこがれ」という文章を導きとして。 by Jun Nakajima

著書『Homo Deus』で、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)は、人類が「飢饉、伝染病、戦争」を管理可能な課題にまでもってきたことを指摘しながら、人類が次に直面する課題は、次の3つとしている。

Read More

ヒトの歴史は「自然の世界」に対する「脳の世界」の浸潤の歴史(養老孟司)。- 『唯脳論』とぼくの出逢い。 by Jun Nakajima

「意識」そのものを考える。「意識」によって考えられたことを議論するのではなく、「意識」自体を議論の俎上にのせる。このタブーとされてきたことを解き放つ試みとしての『遺言。』(新潮新書、2017年)にふれながら、ブログ(「「意識と感覚」の<段差>を意識する。- 養老孟司の提案。」)を書いた。

Read More

「触ること・触覚」についてのメモ。<五感をとりもどす>こと。- 「KonMari Method」から、養老孟司、真木悠介まで。 by Jun Nakajima

片づけコンサルタントであるMarie Kondo(近藤麻理恵、こんまり)の「KonMari Method」という方法のひとつに、片づけで「残すモノを選ぶ基準」として、<触ったときに、ときめくか>という方法/基準がある。

Read More